久々に電車に乗って、「日本ってやっぱ静かだな」って思ったのは、たぶん最初の30秒だけだった。
ドアが閉まった瞬間、目に入ったのは座席の横でゆらゆら揺れてる買い物袋。
座席の背もたれの取っ手に、紙袋が何個もぶら下がってる。通路側に膨らんでいて、人が通るたびに肩や足に当たりそう。しかも、席に座ってる人の膝のあたりまで覆ってるから、実質「ここ、通るな」「ここ、座るな」って言ってるのと同じだった。
私は反射的に思った。危ない。
揺れたら当たる。転ぶ。子どもなら余計に。
でも、車内はいつもの空気。
見えてるのに見えないふり。気づいてるのに触れないふり。
その“暗黙の我慢”が一番怖い。
袋の持ち主は、通路側に座る中年の女性。いわゆる「おばちゃん」って呼ばれるタイプ。
背筋を伸ばして座って、顔だけは「私は正しい」って書いてある。
私はまず、声を荒げないことに決めた。
短く、事実だけ。
「すみません、それ…通るとき足に当たって危ないので、上に上げてもらえますか」
言い方は丁寧だったはず。でも、返ってきたのは丁寧じゃなかった。
「は?私、年なんだけど。重いの。置いとくだけでしょ?放っといてよ」
そして追い打ちみたいに、こう言った。
「若いんだから、ちょっとくらい立ってれば?」
その瞬間、車内の温度が変わった。
誰も声を出さない。でも、何人かがこちらを見た。
「来たな」っていう目。面倒ごとが始まる前の、あの目。
私は一回、息を吸った。
ここで言い返して口論になったら、相手の思うつぼだ。
“注意した側が悪者になる”空気が、車内にはある。
だから私は、やり方を変えた。
感情じゃなくて、対処。
電車がゆっくりカーブに入った瞬間だった。
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