正直に言って、今でも思う。
自分はバカなんじゃないか、と。
だって、
毎月いくら妻に渡しているか話すと、
誰も「すごいね」とは言わない。
全員が笑う。
「それ、洗脳されてない?」
「男で月3万5千円って、どうやって生きてるの?」
「逃げられたら終わりじゃん」
私の月収はだいたい31万円。
結婚して6年、毎月27万5千円を妻に渡す。
自分の小遣いは3万5千円。
6年間、1度も変えていない。
私はずっとこう思っていた。
妻は細かくて、堅実で、信用できる人間だ。
お金は彼女に任せた方が、家庭は安定する。
これは信頼だと思っていた。
今思えば、ただの現実逃避だった。
「もし金がなくなったら」という不安から、
目を逸らしていただけだった。
きっかけは、会社の引っ越し。
前は通勤40分。
今は乗り換え2回、徒歩も長い。
片道1時間以上。
毎日、帰宅すると腰が石みたいに固い。
靴下を脱ぐのも一仕事。
ある日、つい口にした。
「車、買い替えた方がいいかな」
「家に今、どれくらい貯金ある?」
本当に軽い一言だった。
むしろ説教されると思っていた。
「日本で車持つのどれだけ金かかると思ってる?」
「駐車場、保険、税金、点検…全部高いよ?」
でも彼女は何も言わなかった。
ただ私を見て、
黙って寝室に行った。
数分後、
クローゼットの奥から木箱を出してきた。
鍵を回して、蓋を開けた。
その瞬間、私は固まった。
中には通帳が4冊。
そしてキャッシュカード1枚。
昔ながらの赤い通帳。
異様なほど分厚い。
その時、初めて怖くなった。
結婚して6年。
家の貯金額を一度も聞いたことがなかった。
信頼だと思っていた。
実際は、ただの逃避だった。
彼女は通帳をテーブルに並べた。
「1冊目、毎月の固定貯蓄。」
「あなたの27万5千円から、
住宅ローン7万5千円。」
「管理費、固定資産税、光熱費、通信費、
だいたい3万円。」
「保険と両親への支援で2万円。」
「残り15万のうち、
毎月12万5千円をここに。」
最後のページを見せられた。
6年、72ヶ月。
12万5千 × 72 = 約900万円。
喉が乾いた。
私の金は、
一円も消えていなかった。
ただ彼女が、静かに積み上げていただけだった。
2冊目には、娘の名前。
「教育資金。」
「毎月2万5千円。」
「今180万円。」
3冊目。
「両親4人分の医療費用。」
「今210万円。」
「あなたのお父さんの検査費、
保険入った後すぐ補填した。」
最後にカード。
「ここに410万円。」
私は言葉が出なかった。
「どうやって、こんなに…」
彼女は小さく笑った。
「あなた、自分の小遣いほとんど使わない。」
「余った分、いつも『預けといて』って言う。」
「それを少しずつ。」
「生活費からも少しずつ。」
「通勤、きついでしょ。」
「だから、せめて車くらい楽に。
」
その時、理解した。
通帳4冊とカード1枚。
約1700万円。
私は「給料を渡して安心」だと思っていた。
でも彼女は、
家族全員の人生の保険を作っていた。
私はカードを握りながら言った。
「そこまでしなくていい。」
「中古でいいから。」
彼女は木箱を閉じた。
「お金は、この家のため。」
「あなたが楽になって。」
「娘と遊ぶ元気残って。」
「それが一番の使い道。」
その夜、車の話はしなかった。
代わりに言った。
「これからは毎月、一緒に家計見よう。」
「信じてないんじゃない。」
「一緒に背負いたい。」
私はやっと分かった。
渡していたのは、金じゃない。
人生そのものだった。
彼女が返してくれたのは、
数字じゃない。
この家が、
絶対に崩れないという
安心そのものだった。