「ちょっと!!男の子は女子トイレ入ったらダメよ!」
イオンのトイレ前で、いきなりそんな怒鳴り声が飛んできた。
「トイレ!」と小さく叫びながら、2歳の子どもが小走りで女子トイレに駆け込んだ、その瞬間だった。
慌ててついて行こうとした私の横から、知らない女性が腕を組んだままこちらを睨んでいた。
子どもは急いでいたのか、走りながら少しよろけて、危うく転びそうになりながら中に入っていった。
それを見た女性は、さらに声を大きくした。
「男の子は女子トイレ入ったらダメよ!」
「最近の親って本当に常識ないですね!」
「男の子が女子トイレにいるだけで怖い人もいるんですよ!」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
私はとりあえず子どもの後を追ってトイレに入り、個室に入った。
用を足して、手を洗う。
その間も、後ろから女性の声は止まらなかった。
「本当に最近の親って…」
「ちゃんと考えてくださいよ」
「男の子が女子トイレにいるって、嫌な気持ちになる人もいるんです!」
私は蛇口を閉めながら、ゆっくり振り返った。
女性は、自分の子どもらしき小さな女の子の手を引きながら、まだこちらを睨んでいる。
周りの人たちも、ちらっとこちらを見ていた。
誰も何も言わない。ただ、静かに視線だけが集まっている。
私は一瞬だけ息を吐いた。
本当なら、いつもみたいに「すみません」と言って終わらせていたと思う。
知らない人と揉めるのも面倒だし、子ども連れでトラブルなんて疲れるだけだ。
でもこの日は、正直ちょっと余裕がなかった。
さっきまでイヤイヤ期の2歳児と格闘していた。
買い物中に床に寝転がって泣き、抱き上げればのけぞり、ようやく落ち着いたと思ったら今度は「トイレ!」。
その直後に、この怒鳴り声だ。
私は思わず言っていた。
「2歳の子を外で待たせろって?」
女性は一瞬だけ黙った。
でも、すぐに眉を吊り上げる。
「でも男の子は男子トイレ行くべきです!常識でしょう!」
私は思わず小さく笑った。
「そっちの方が非常識でしょう。」
「2歳の子を一人で外に立たせる方が危ないですよ。
」
女性は明らかに納得していない顔をしている。
「でも、男の子が女子トイレにいるのは怖い人もいるんです!」
「じーっと見てくる子だっているし!」
その言葉を聞いて、私は少し呆れた。
2歳児だ。
トイレに来て、周りを見回す余裕なんてあるわけがない。
それでも女性は引かない。
「とにかく男の子は男子トイレです!」
私はもう一度、ため息をついた。
そして、子どもを手元に呼んだ。
まだ手を乾かしている小さな背中に、そっと手を置く。
その瞬間、女性はまだ何か言おうと口を開きかけた。
私はその前に言った。
「この子、女の子です。」
空気が一瞬止まった。
女性の顔が、ぴたりと固まる。
周りでちらっとこちらを見ていた人たちも、動きが止まったように見えた。
女性は口を開いたまま、言葉が出てこない。
私はそのまま続けた。
「それと——」
ほんの少しだけ間を置く。
「私も女として生まれ、女として生きてますがね?」
トイレの中が、急に静かになった。
誰も何も言わない。
さっきまであれだけ勢いよく話していた女性は、完全に言葉を失っていた。
目を泳がせ、子どもの手を引いたまま、何か言おうとして、結局何も言えない。
そのまま、足早にトイレを出て行った。
後ろ姿だけが、やけに小さく見えた。
周りの人たちは、相変わらず何も言わない。
でも、さっきとは違う空気が流れているのは分かった。
私は子どもの手を握り直して、出口に向かった。
子どもは何も知らない顔で、のんびり手を振っている。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいだった。
トイレの外に出たとき、私は心の中で思った。
本当にいるんだな。
こういう人。
ネットの話かと思っていたけど。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
さっきあの女性が必死に怒っていた
“男の子”は——
最初から、ただの女の子だった。
引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]