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給食の量が明らかに少ないのに先生ははっきり答えず、お弁当を持たせようとしたら「それはできません」と言われた…じゃあこのまま我慢するしかないの?
2026/04/21

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最初は、そこまで深刻に考えていなかった。

子供が「今日も足りなかった」と言っても、
たまたまその日だけ少なかったのかと思っていた。

でも、それが何日も続いた。

帰ってくるとすぐに何か食べたがる。

「全然足りなかった」

その言葉が毎日のように出てくるようになった。

さすがに気になって、給食の内容を確認した。

正直、驚いた。

ご飯もおかずも明らかに少ない。

これで足りる子もいるかもしれない。

でも、足りていない子がいるのも事実だった。

私は一度、学校に聞いた。

「給食の量、少なくないですか?」

先生は少し間を置いて、こう答えた。

「基準に沿って提供していますので…」

はっきりした答えではなかった。

そこで私はさらに聞いた。

「足りない場合、お弁当を持たせてもいいですか?」

するとすぐに返ってきた。

「それはできません」

……は?

足りているとは言わない。

でも補うこともできない。

その状況に納得できなかった。

私は一度考えた。

このまま何も言わずに終わらせていいのか。

でも、子供は毎日同じことを言っている。

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「足りない」

そのままにしていい話じゃないと思った。

そこで、保護者のグループに共有した。

「給食の量、足りてますか?」

少し迷ったけど、正直に聞いた。

するとすぐに返信が来た。

「うちも足りないって言ってる」
「帰ってきてすぐ食べてる」
「同じこと思ってました」

一人じゃなかった。

同じことを感じている人が何人もいた。

その流れで、何人かで学校に意見を出すことになった。

今度は個人ではなく、複数の保護者として。

すると対応が変わった。

「状況を確認します」

今までと違う反応だった。

そして数日後——

子供が帰ってきて言った。

「今日、ちょっと多かった」

その一言で分かった。

その後も明らかに量は見直されていた。

先生からも一言あった。

「配膳について改善しました」

私はそれ以上何も言わなかった。

でも、それで十分だった。

一人で言っても変わらなかったことが、
声が増えた瞬間に動いた。

少なくとも——

我慢するしかない話じゃなかった。

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