あのやり取りは、思っていた以上にあっけなかった。
「養育費、もういりません」
LINEでそう送ったのは、下の子が高校を卒業して、就職が決まったタイミングだった。
最初の約束は20歳まで。
だから、本来ならあと少しは受け取ることもできた。
でも私は、自分から終わらせた。
理由は単純だった。
もう、いらないと思ったから。
しばらくして、元旦那から返信が来た。
「え?ほんと?助かるけどいいの?」
その一文を見た瞬間、胸の中で何かがストンと落ちた。
怒りでも悲しみでもない。
ただ、「ああ、やっぱりそうなんだ」という妙な納得だった。
思い返せば、最初からずっとそうだった。
毎月振り込まれる養育費は、正直言って“雀の涙”みたいな金額だった。
約束だから払っている、というだけ。
子どもの誕生日も、年齢も覚えていない。
おめでとうの一言すらない。
こちらから連絡しなければ、向こうから来ることはほとんどなかった。
それでも私は、「父親だから」と思って受け入れてきた。
子どもにとっては、たった一人の父親だから。
どれだけ関わりが薄くても、完全に切り離すのは違う気がしていた。
だから、我慢してきた。
でも、あの一言で全部が繋がった。
「助かる」
その言葉は、たぶん悪気なく出たものなんだと思う。
でも同時に、それが本音だった。
私たちにとっては生活の一部だったものが、
向こうにとってはただの“負担”だった。
それがはっきり見えた瞬間だった。
だから私は、迷わなかった。
「じゃあ、これで完全に終わりにします」
そう返して、そのまま連絡先も消した。
不思議なくらい、スッキリしていた。
未練も、後悔もなかった。
むしろ、「やっと終わった」と思えた。
13年間。
児童扶養手当も一度ももらわず、
親からの援助もなく、
ほぼ自分の給料だけで、子ども2人を育ててきた。
決して楽ではなかった。
でも、「なんとかするしかない」と思ってやってきた。
振り返れば、あの養育費があってもなくても、
大きく生活が変わることはなかった。
もちろん、あるに越したことはない。
でも、それ以上に大きかったのは、
“気持ちの引っかかり”だった。
あの人に頼っている、という感覚。
それがずっと残っていた。
だから今回、それを自分で断ち切れたことが大きかった。
誰かに切られるんじゃなくて、
自分で終わらせた。
それだけで、少し誇らしかった。
子どもたちは、ちゃんと育った。
自分で進路を決めて、自分の足で立とうとしている。
それを見届けられただけで、十分だと思っている。
もう、“父親としてどうか”を気にする必要もない。
もう、“あの人にどう思われるか”も関係ない。
ただ、自分の人生として区切りをつけただけ。
そう思えるようになった。
最後に一つだけ思ったことがある。
あの「助かる」という一言がなければ、
私はまだどこかで期待していたかもしれない。
そう考えると、あれでよかったのかもしれない。
だから今は、ただこう思っている。
よく頑張ったなって。
誰も言ってくれないから、
自分で言っておくことにする。
引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]