水族館の朝は、意外と静かだ。
開館前の通路には、まだ子どもたちの声も、カメラのシャッター音もない。
聞こえるのは、ろ過装置の低い音と、水槽の水がゆっくり循環する音だけ。
私はバックヤードから展示室へ出て、いつものように質問用紙の回収箱を開けた。
この箱を見る時間が、実はけっこう好きだ。
「サメは寝ますか?」
「ペンギンは寒くないんですか?」
「チンアナゴはなぜ立っているんですか?」
子どもらしい質問もあれば、大人が本気で悩んだような質問もある。
中には、こちらが思わず笑ってしまうものもある。
その日、私の手が一枚の紙で止まった。
大きな字で、こう書かれていた。
「クラゲって栄養なさそうだけど、食べる意味あるんですか?」
なかなか失礼である。
しかも、右下の名前欄を見て、私は二度見した。
お名前。
「クラゲ」
本人からの質問だった。
いや、本人なのか。
それとも、クラゲの代弁者なのか。
いずれにしても、朝からなかなか攻めた内容だった。
私は思わず、水槽の中でふわふわ漂うクラゲたちを見た。
透明な傘をゆっくり開いて、また閉じる。
光を受けて、まるで水の中に小さな月が浮いているようだった。
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