ある日、ポストに差出人不明の白い封筒が入っていた。
切手だけ貼られた、気味の悪い封筒。
何気なく開いた瞬間、私は凍りついた。
中には一枚の手紙。
そこにはこう書かれていた。
「ご主人様が違法アダルトDVDを購入しています」
「示談金16万円を支払わなければ、勤務先・ご家族へ通知します」
しかも。
夫のフルネーム入りだった。
一瞬、息が止まった。
頭の中が真っ白になる。
ちょうどその時、夫が帰宅した。
私は震える手で紙を見せた。
すると夫の顔色が、一瞬で変わった。
「……は?」
普段冷静な人なのに、明らかに動揺していた。
その反応が逆に怖かった。
私は思わず聞いた。
「これ……本当なの?」
夫は慌てて首を振った。
「違う!こんなの知らない!」
でも手紙には、住所も名前も書かれている。
ただのイタズラにしてはリアルすぎた。
さらに怖かったのは、文章の内容だった。
「警察に提出済み」
「児童保護団体とも連携」
「早急な対応を推奨します」
まるで本物の事件みたいだった。
でも読み進めるうちに、違和感も出てきた。
振込先は個人口座。
しかも連絡手段は、謎のフリーメールだけ。
本当に警察案件なら、こんなやり方する?
私は混乱した。
夫は必死に否定していたけど、私は完全には信じ切れなかった。
その夜は、夫婦でほとんど会話がなかった。
翌朝。
私は警察関係の仕事をしている知人に、こっそり相談した。
すると、その人は手紙を見た瞬間ため息をついた。
「あー……これ典型的な脅迫詐欺ですね」
私は思わず聞き返した。
「え?」
知人は冷静に説明した。
「“恥ずかしい内容”で相手を焦らせて、冷静な判断を失わせる手口です」
「最近増えてますよ」
さらに言われた。
「絶対振り込まないでください」
私は全身の力が抜けた。
でも同時に、怒りが湧いた。
誰かが、うちの家庭を壊そうとした。
“夫が違法DVDを見てる”
そんな疑いを、わざと植え付けたんだ。
数日後。
警察が動いた。
実は同じ手紙が、近所でも何件も見つかっていたらしい。
しかも全員、内容が少しずつ違う。
「不倫」
「児童ポルノ」
「盗撮」
人が一番“知られたくないこと”を狙っていた。
警察は、防犯カメラ映像と封筒についた指紋から犯人を特定した。
犯人は近所のアパートに住む無職の男だった。
深夜、自転車で住宅街を回り、無差別に手紙を投函していたらしい。
理由はもっと最低だった。
「数件でも振り込めば儲かると思った」
たったそれだけ。
夫は警察署から帰る車の中で、小さく笑った。
「疑われた時、ちょっとショックだったわ」
私は苦笑いしながら謝った。
でも本当に怖かった。
だってあの手紙。
“もしかして本当かも”って、一瞬思わせる作りだったから。
もし私が一人で抱え込んでいたら。
もし恥ずかしくて誰にも相談できなかったら。
たぶん振り込んでいた人もいると思う。
後日、その事件はニュースにもなった。
私はその画面を見ながら、強く思った。
人は、“恐怖”より。
“恥”を握られた時の方が、簡単に黙ってしまう。
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