バスが突然、道の真ん中で止まった。
信号でもない。渋滞でもない。事故でもない。
前を見ると、白い車が狭い道路の端に堂々と路駐していて、バスの通る幅を完全にふさいでいた。
運転手さんがクラクションを二回鳴らす。
でも、車は動かない。
車内の空気が、じわっと重くなった。
朝の時間帯だった。
スーツ姿の人は時計を見ている。
学生らしき子はスマホで時間を確認している。
後ろの席には、病院に向かうのか、杖を持った高齢の方も座っていた。
たった一台の車のせいで、バス一台分の人間の時間が止められていた。
最初は、私も「すぐ戻ってくるのかな」と思った。
でも、一分、二分、三分。
車の持ち主らしき人は、車の横に立ったまま、まるで他人事のようにゆっくりしている。
バスが詰まっているのも見えているはずなのに、慌てる様子がない。
運転手さんがたまらず席を立ち、前のドアから外へ出た。
そして、できるだけ冷静な声で言った。
「すみません。
ここに停められると、バスが通れません」
普通なら、その時点で「あ、すみません」と言ってすぐ動かすと思う。
でも、その人は違った。
少し面倒くさそうにこちらを見て、悪びれた様子もなく、すぐには動こうとしない。
その態度を見た瞬間、車内の空気が変わった。
誰かが小さくつぶやいた。
「これはさすがに迷惑やろ……」
私も、もう黙っていられなかった。
バスの中からスマホを取り出し、車が道をふさいでいる状況を撮った。
そして運転手さんに向かって、少し大きめの声で言った。
「これ、完全に交通の妨げになっていますよね。通報した方がいいと思います」
その一言に、何人かの乗客がうなずいた。
「本当に困る」
「バスが遅れたら、こっちが全部迷惑する」
「一台の路駐で何人待たせてると思ってるんだろう」
さっきまで静かだった車内が、少しずつ声を持ち始めた。
すると、車の持ち主の顔色が明らかに変わった。
今までは「少しくらい大丈夫だろう」という顔をしていたのに、周囲の視線と「通報」という言葉で、急に落ち着かなくなった。
そしてようやく、慌てたように車へ戻っていった。
ドアを開け、運転席に乗り込む。
エンジンがかかる音がした。
白い車がゆっくりと前へ動き、やっとバスの通れる道が空いた。
その瞬間、車内のどこかから小さな声が聞こえた。
「やっと動いた……」
大きな拍手が起きたわけじゃない。
誰かが怒鳴ったわけでもない。
でも、車内にいた人たちのため息には、同じ気持ちが込められていたと思う。
やっと普通に進める。
やっと当たり前の道が戻ってきた。
バスがゆっくり発車した時、私は窓の外に遠ざかる白い車を見ながら思った。
道路は、誰か一人の都合だけで使っていい場所じゃない。
「ちょっとだけ停める」
「すぐ戻るから」
「自分だけなら大丈夫」
その“ちょっと”のせいで、遅刻する人がいる。
病院の予約に間に合わない人がいる。
大事な予定に遅れる人がいる。
運転手さんが責められることだってある。
車を停めた本人にとっては、たった数分かもしれない。
でも、その数分は、バスの中にいる全員から奪った時間だ。
私は特別なことをしたつもりはない。
ただ、迷惑なことを迷惑だと言っただけ。
でも、こういう時に誰も声を上げないと、図々しい人ほど「許された」と勘違いする。
公共の場所は、声の大きい人や、顔の厚い人のものじゃない。
ちゃんとルールを守っている人が、我慢し続ける場所でもない。
一台の路駐がふさいでいたのは、ただの車道じゃなかった。
そこには、バスに乗っていた一人一人の時間があった。
予定があった。
生活があった。
だからこそ、私は思う。
路駐するなら、自分の車だけ見ていないで、後ろに止まっている人たちの人生も少しは見てほしい。
道はあなたのものじゃない。
みんなで使う場所なんだから。