駅前で足の悪い母を支えてタクシーに乗せ、行き先を告げた瞬間、運転手は返事もせずに空気だけを冷たくした。
たった600m。歩ける人には近すぎる距離かもしれない。
でも、歩くのがつらい人にとっては、その600mがどうしても越えられない壁になる。
「短距離なら嫌がられても仕方ない」派と、「それでも客を無視するのは論外」派で、これは確実に割れる。
金額は500円。でも母が受けた冷たさは、500円で済む話じゃなかった。
駅から実家までは、距離にして600mほど。
普通に歩ける人なら、たぶん「それくらい歩けば?」と言うと思う。
私だって一人なら歩いた。
荷物が少なければ歩いた。
雨でもなければ、迷わず歩いたと思う。
でもその日は、母が一緒だった。
足が悪く、長い距離を歩くと痛みが出る。
本人はいつも「大丈夫」と言う。
でも、私はその「大丈夫」が本当の大丈夫ではないことを知っている。
無理をして、家に着いてから黙って座り込む人だ。
だからタクシーに乗った。
乗る前に、少しだけ嫌な予感はあった。
近いから。
運転手からしたら、うれしい客ではないかもしれない。
でも、タクシーってそういう時のためにもあるんじゃないのか。
歩けない距離を、歩ける距離に変えるためのものじゃないのか。
ドアが開いて、母を先に乗せた。
私は行き先を伝えた。
「すみません、近いんですが、〇〇のあたりまでお願いします」
その瞬間だった。
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