朝イチでピザコーナーが“空っぽ”になっていた。
原因はすぐ分かった。
一人でカート2台分、全部ピザを積んでる男がいた。
しかもこっちを見ずにスマホをいじりながら、
「早い者勝ちでしょ」
って言った。
私は思わず言った。
「それ、全部ですか?みんなの分ですよね?」
周りを見ると、
立ってる人たちの表情はモヤモヤ。
あなたなら、この時どうする?
正直、言った瞬間に少しだけ後悔した。
こういう場面で声を出すと、面倒になることもある。
でも、もう引けなかった。
男はゆっくり顔を上げた。
「は?」
明らかに不機嫌そうな声だった。
私はもう一度、同じことを繰り返した。
「全部持っていくんですか?」
男は肩をすくめた。
「買うんだからいいでしょ」
その一言で、空気がピリッとした。
後ろの方で誰かが小さく言った。
「いや、それは…」
でもまだ、はっきり言う人はいない。
私は一歩だけ踏み込んだ。
「ここ、みんな買いに来てるんですよね」
男は少しイラついた顔でスマホをポケットに入れた。
「じゃあ早く来ればよかったじゃん」
その瞬間、さすがに周りも黙っていなかった。
「それは違うでしょ」
女性の声だった。
さらに別の人も続いた。
「全部はさすがにやりすぎ」
「少しは残せば?」
一人が言うと、一気に流れが変わる。
さっきまで黙っていた人たちが、次々と口を開いた。
男は一瞬だけ言葉を失った。
完全に予想外だったのか、視線が泳いでいる。
そのタイミングで、店員が近づいてきた。
「どうされましたか?」
誰かが状況を説明した。
ショーケースが空になっていること。
カート2台分すべてピザであること。
店員は少し困った顔をしてから、男に向き直った。
「申し訳ありませんが、他のお客様にも行き渡るよう、ご購入数を調整させていただく場合がございます」
静かだったけど、はっきりしていた。
男は何か言おうとしたが、周りの視線を見て口を閉じた。
数秒の沈黙。
そして――
無言で、カートのピザを戻し始めた。
一枚、また一枚。
あれだけ積まれていた箱が、少しずつ減っていく。
周りの空気が、少しずつ軽くなった。
誰も拍手なんてしない。
でも、全員が同じことを思っていた。
「それでいい」
やがてショーケースにピザが戻った。
さっきまで空だった棚に、また商品が並ぶ。
私はその中から一つ手に取った。
ふと横を見ると、さっき声を上げた人たちも、それぞれピザを選んでいる。
さっきまでの異様な空気は、もうなかった。
男は、結局何も言わずにその場を離れていった。
少しだけ足早に。
私はレジに並びながら、少しだけ考えた。
別に、正義感があったわけじゃない。
ただ、あの状況が明らかにおかしかっただけだ。
そしてもう一つ分かった。
ああいう人は、強いわけじゃない。
ただ、誰も何も言わない状況に乗っているだけ。
一度流れが変わると、簡単に崩れる。
レジで会計を済ませ、袋を受け取る。
その重みが、妙に現実的だった。
ほんの少しだけ、スッキリしていた。
あの一言で、空気が変わった。
それだけで、十分だったと思う。
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