私は今年で68歳になる。
年金はわずか1万7千円。薬ひとつ買うにも、財布を開くのがためらわれる額だ。
退職してまだ2年も経たない頃、息子夫婦から言われた。
「お母さん、そろそろ別のところで暮らしたら?」
はっきり「出ていけ」と言われたわけではない。だが、その裏にある意味は、痛いほど伝わった。
私の心の奥底で、ぐっと何かが締め付けられた。
荷物をまとめる手が震えた。バス停に立つと、周囲の人々がまぶしく見えた。
私は、自分がまるで「いらない荷物」になったような気がして、胸が締め付けられた。
小さなスーツケースとバッグを持ち、バスに乗り込む。座席に腰を下ろした瞬間、涙が自然にあふれた。
しかし、娘の家に着くと、空気は違った。
娘も娘の夫も、私を責めない。文句も言わない。むしろ、笑顔で迎えてくれた。
その瞬間、私は救われた気がした。
「ああ、私はまだここで必要とされている」
それから十五年が過ぎた。
娘夫婦の家で暮らす日々は、予想以上に穏やかで、暖かかった。
娘婿は私に優しい。熱を出せば病院に連れて行ってくれる。
孫の送り迎えも、休むことなく手伝ってくれる。
私が皿を洗おうとすると、「お義母さん、ゆっくりしててください」と笑う。
私はその二人に、一度も「重い」と思われたことはない。
肩の荷が軽くなったような、心地よい安心感に包まれていた。
そんな暮らしの中で、今年になって古い家が立ち退きになった。
補償金として、2300万円が手元に入った。
その額を見た瞬間、私は迷わなかった。
心の中で、息子夫婦の顔がちらつく。
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