マンションって、玄関の鍵を開けた瞬間に「自分の領域」に戻れる場所だと思ってた。
でもその日、私の“領域”は、もう一回誰かに踏み込まれた後だった。
仕事でクタクタのまま帰宅して、いつも通り共用の倉庫スペースへ向かった。ベビーカーや季節物を入れている、あの小さな倉庫。ドアノブに手をかけた瞬間、指先に違和感が走る。
――ドア、閉まり切ってない。
ほんの数ミリの隙間。だけどその数ミリが、妙に生々しい。「今さっき誰かが出た」みたいな気配が残っている。胸が嫌な感じにざわついたまま、私はそっと押した。
開いた。
中には、見覚えのない段ボールが一つ。
そして、その上に“ご不在連絡票”。
「倉庫に置きました。よろしくお願いします」みたいな丁寧すぎる文字。
……え、待って。倉庫に置いた?
つまり、ここを開けたってこと?
私は一回、息を止めた。
便利とか親切とか、その前に――ここは共用とはいえ、勝手に開けていい場所じゃない。せめて管理人に確認するべきだし、何より“開けられる状態”だったとしても、開けるかどうかは別問題だ。
すぐに管理人室へ行って事情を話した。管理人さんも「え?置き配は宅配ボックスが原則ですよ?」と首をかしげる。私は念のため、防犯カメラの映像を確認させてもらった。
そして、見た。
配達員が倉庫の前に立ち、ためらいもなくドアに手を伸ばす。
軽く押す。
――開く。
その動きが、あまりに自然で、あまりに慣れていて、背筋が冷えた。
「……え、慣れてません?この動き」
私が呟くと、管理人さんも顔をしかめた。しかも、その場で偶然会った隣の住人が「私もこの前、倉庫が動かされた気がしたんだよね」と言い出した。点が線になる瞬間って、こんなに胃が重くなるんだ。
私はその足で配送会社に電話した。穏やかに、でも要点ははっきりと。
「倉庫に勝手に入って荷物を置かれました。防犯カメラにも映っています。今後やめてください」
返ってきた第一声が、これだった。
「お客様のご都合を考えての対応でして……便利かなと」
便利かなと。
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