銀座のデパ地下で、そのみかんを見つけた瞬間だった。
「……一箱、一万二千円?」
思わず声が漏れた。
店員が笑顔で言う。
「愛媛の限定品なんですよ。贈答用で人気でして。」
私はその場で固まった。
昨夜、夫はそのみかんを当たり前みたいに食卓へ置いた。
「会社でもらった。」
そう言って。
でも夫は甘い物を食べない。
健康診断で脂肪肝を指摘されてから、ジュースすら避けてる。
そんな人に、
若い女性社員が一万円超えのみかんを贈る?
私は嫌な汗をかいた。
家に帰ると、夫はソファでスマホを見ながら笑っていた。
「今日早かったんだね。」
「うん。」
私は靴を脱ぎながら聞いた。
「ねえ、あのみかん。」
夫の指が一瞬止まった。
「……何?」
「どんな子がくれたの?」
「会社の子だよ。ただの差し入れ。」
“ただの”。
その言い方が妙に引っかかった。
「優しいね。」
そう言うと、夫は視線を逸らした。
その夜からだった。
私は夫の“違和感”を探すようになった。
帰宅後すぐシャワー。
スマホを裏返す。
トイレにも持っていく。
以前なら、
子供と遊びながらリビングに放置していたのに。
ある日、
酔って帰ってきた夫のジャケットを片付けていると、小さなケースが落ちた。
外国製の高級ウコンタブレット。
私は翌日、
会社の人に何気なく聞いた。
「昨日、かなり飲まれたんですね。」
すると相手は不思議そうに笑った。
「え? ご主人、そんなに飲んでないですよ。」
「そうなんですか?」
「むしろ若い女性社員の子が、“部長飲みすぎです〜”とか言いながら、ずっと隣で飲んでました。」
私は胸の奥が冷えた。
その日の夜。
「最近、ずいぶん気が利く子がいるんだね。」
夫は箸を止めた。
「……何の話?」
「お酒代わりに飲んでくれる子。」
夫は露骨に不機嫌になった。
「ただの会社付き合いだよ。」
「設計の子が接待まで来るんだ。」
「お前、疑ってんの?」
その言い方で分かった。
ああ、
図星なんだ。
私は静かに味噌汁を置いた。
「仕事より、上司に好かれることを優先する女っているよね。」
夫が黙る。
「会社壊すタイプ。」
長い沈黙のあと、
夫は低く言った。
「……お前さ、怖いんだよ。」
私はその言葉に少しだけ傷ついた。
でもまだ、
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