「店長のお母さんが亡くなりました。香典5000円お願いします」
バイト先のグループLINEにその通知が流れてきた瞬間、私は思わずスマホを見直した。
……いや、え?
店長の親が亡くなった?
もちろん不幸なのは気の毒だと思う。
でも次の一文を見た瞬間、その同情が一気に吹き飛んだ。
「社会人として最低限の礼儀なので、明日までにPayPayでお願いします」
「金額は一律5000円です」
私は固まった。
時給1100円のバイトに、強制で5000円?
しかも店長と私は、ただの雇われバイトと上司。
プライベートで関わったことなんて一度もない。
なのに、“気持ち”を強制徴収?
グループLINEでは、古株バイトたちが即反応していた。
「送りました!」
「大変でしたね…」
「少ないですが気持ちです」
空気が完全に出来上がっていた。
でも私は、どうしても納得できなかった。
5000円って、学生バイトには普通に重い。
しかも今月、家賃更新もある。
携帯代も払わないといけない。
正直、そんな余裕はなかった。
なのに、
「払わない=非常識」
みたいな空気だけは完成している。
私は数分悩んだあと、PayPayを開いた。
そして――。
「1円」
だけ送金した。
コメント欄にはこう添えた。
「香典って気持ちだと思うので、金額は自由ですよね」
送信。
その瞬間、グループLINEが止まった。
既読だけが一気に増える。
さっきまで秒で返信していた人たちが、急に静かになった。
数分後。
店長から個チャが飛んできた。
「ふざけてるの?」
私は即返した。
「ふざけてませんけど」
すると店長は続けた。
「空気読めない?」
「人としてどうなの?」
「普通こういう時は助け合うでしょ」
私はスマホを見ながら、逆に笑ってしまった。
助け合い?
それ、“強制”でやるもの?
しかも、バイト相手に5000円要求してる側が言う?
私は返信した。
「じゃあ店長、バイトの親が亡くなったら5000円ずつ全員に配るんですか?」
既読。
……返事なし。
数分後。
突然、グループLINEに店長からメッセージが流れた。
「今回の件で、常識のない行動は控えてください」
完全に私のことだった。
さすがにイラッとした。
だから私は、店長との個チャをそのままグループLINEに貼った。
さらに一言。
「香典って“気持ち”なのに、払わないと非常識扱いされるんですね」
空気が凍った。
数秒後。
古株バイトの一人が、おそるおそる書き込んだ。
「……実は私も5000円きついです」
続けて別の人。
「学生には重いですよね」
さらに。
「断れない空気だった…」
そこから一気に流れが変わった。
今まで黙っていた人たちが、不満を吐き始めた。
「半強制じゃん」
「香典に最低金額あるの怖い」
「そもそもバイトに出させる額じゃない」
完全に炎上。
そして極めつけ。
副店長がポロッと書いた。
「え、店長って会社から弔慰金も出てますよね?」
……空気、完全停止。
どうやら店長は、
会社から数万円単位の弔慰金を既にもらっていたらしい。
なのにさらに、バイト全員から5000円徴収。
店長は慌てて、
「いや、そういう問題じゃなくて気持ちだから!」
と送ってきた。
でももう遅かった。
その日の夜。
店長から再度LINE。
「今回の香典徴収は中止にします」
「誤解を招く表現がありました。申し訳ありません」
全員に返金。
しかも後から聞いた話では、本部にまで話が行ったらしい。
理由は、
「職場での不適切な金銭徴収」。
数週間後、店長は別店舗へ異動になった。
ちなみに、最初に私を「冷たい」「常識ない」って陰で言ってた古株バイト達。
後日こっそり、
「よく言ってくれた」
「実はみんな嫌だった」
って話しかけてきた。
いや、なら最初から言えよ。
でもあの日、私は本気で思った。
日本って、“空気”を使って金を取ろうとする瞬間が一番怖い。
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