5年付き合った彼から、ある日突然「別れよう」と言われた。
理由は、たったひとつ。
「好きな人ができた」
その一言だけだった。
私たちは、結婚を意識していた。
両家に挨拶も済んでいた。
式場も見学に行っていた。
私はウェディングドレスのカタログを、毎晩眺めていた。
そんなタイミングだった。
「好きな人って、誰?」
私は震える声で聞いた。
彼は答えなかった。
「会社の人?」
「いつから?」
「私の何が悪かったの?」
彼は、ただ「ごめん」と繰り返すだけだった。
その夜、彼は荷物をまとめて、出ていった。
連絡先もブロックされた。
SNSも、全部削除された。
「好きな人ができた」
ただの浮気で、5年が終わった。
私は、彼を一生許さないと決めた。
3年間、誰のことも好きになれなかった。
恋愛そのものが、こわくなった。
3年後のある日、共通の友人から、突然連絡が来た。
「○○くんのこと、聞いた?」
胸がざわついた。
「結婚したの?」
「違う」
「亡くなったよ」
電話の向こうで、友人が震える声で言った。
私は、その場に座り込んだ。
「先月、事故で。即死だったって」
「お通夜、明日なんだ。
来る?」
行くべきか、迷った。
3年間、ずっと恨んでいた。
会いたくない、と思った。
でも、何かが、私を行かせた。
会場に着いた瞬間、私は息を呑んだ。
参列者の中に、見覚えのある女性がいた。
彼の母親だった。
5年付き合っていた間、何度もお世話になった人。
「来てくれたのね、ありがとう」
そう言って、私の手を握った。
そして、こう続けた。
「あの子、ずっとあなたのこと話してた」
——え?
「3年前に別れてからも、ずっと」
告別式の後、彼の母親に呼び止められた。
「これ、あの子の部屋にあったの」
差し出されたのは、一冊の手帳だった。
「あなたに渡してほしいって、書いてあったの」
手帳の表紙に、走り書きでこう書かれていた。
「もし俺に何かあったら、これを彼女に渡してください」
私は、震える手でページを開いた。
最初のページに、一枚の診断書のコピーがあった。
「うつ病・重度」
3年前の、別れた頃の日付。
私は、息が止まった。
ページをめくった。
日記だった。
「今日、彼女と式場を見に行った。笑顔で頷いたけど、本当は怖くて仕方ない」
「最近、朝起きるのがつらい。
仕事中も涙が出る」
「彼女に話そうとしたけど、できない。彼女の幸せそうな顔を見ると、言えなくなる」
「病院に行った。重度のうつ病だと言われた」
「結婚なんて、できる状態じゃない」
「でも、彼女は5年も待ってくれた」
「俺が病気だと言ったら、彼女は絶対に離れない」
「介護のような結婚生活になる」
「彼女の人生を、俺が壊すことになる」
そして、最後のページに、こう書いてあった。
「『好きな人ができた』と嘘をついて、別れることに決めた」
「彼女が俺を恨んでくれた方が、早く前に進める」
「彼女の人生に、俺の影を残してはいけない」
「ごめん」
「俺の人生で一番好きだった人は、最初から最後まで、君だけだった」
私は、手帳を抱きしめて、号泣した。
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