後輩の女の子が、入社2年で会社を辞めた。
「使えない」と、ずっと言われ続けていた子だった。
仕事は、確かに遅かった。
ミスも多かった。
何度教えても、同じところでつまずく。
部長は、毎日のように怒鳴っていた。
「お前、本当に大学出てるのか」
「やる気あるのか」
「他の同期の半分も働けてないぞ」
私は教育担当だった。
正直、私も「向いてないんじゃないか」と思っていた。
何度か優しく言ったこともある。
「無理しなくていいから、別の道もあるよ」って。
その子は、いつも「すみません」と言って、頭を下げていた。
その日、彼女は退職届を持ってきた。
部長は、退職届を見て、鼻で笑った。
「やっと諦めたか」
「正解だよ。お前みたいなのは、社会には向いてない」
彼女は、何も言わずに、頭を下げて出ていった。
その日の夜、私は罪悪感で寝られなかった。
私も、「使えない子」だと思っていた一人だった。
彼女が辞めて、1ヶ月後のこと。
人事部の友人と飲みに行った。
話の流れで、彼女のことが出た。
私は言った。
「あの子、結局向いてなかったのかな」
「もっと早く別の道を勧めてあげればよかった」
すると、友人は驚いた顔をした。
「あの子の事情、知らないの?」
「事情?」
友人は、声を落とした。
「あの子、ASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けてたんだよ」
「入社の時、人事には伝えてた」
「『配慮をお願いします』って」
私は、息が止まった。
「でも、現場に伝わってなかったんだよね」
「人事のミス。あの子のせいじゃない」
私は、何も言えなかった。
「あの子、本当はものすごく優秀で、得意分野に当てれば誰よりも成果出すタイプだったらしい」
「でも、配属されたのが、一番苦手な"臨機応変な対応"が必要な部署」
「同時並行のタスク、急な変更、暗黙のルール」
「全部、ASDの人が一番つらいやつ」
「あの子、毎日泣きながら頑張ってたって」
「人事に何度も部署異動を相談してたらしい」
「でも、『甘え』だって、却下され続けた」
私は、何も言えなかった。
私は、彼女の連絡先を調べた。
LINEのIDだけは、残っていた。
「久しぶり。今度、お茶でもしない?」
返事は、1週間後に来た。
「いいですよ」
待ち合わせは、彼女の指定したカフェだった。
会った瞬間、私は驚いた。
別人のように、明るかった。
ふっくらしていて、目に力があった。
「先輩、お久しぶりです」
「元気そうだね……びっくりした」
彼女は笑った。
「あの会社を辞めて、自分に合う場所を見つけたんです」
「今、IT系の会社で、データ分析の仕事をしてます」
「在宅勤務で、自分のペースでできる」
「上司も理解があって、特性に合わせて仕事を割り振ってくれる」
「年収も、前より上がりました」
私は、嬉しさと、申し訳なさで、何も言えなかった。
「先輩、覚えてますか?」
「私が辞める日、先輩に言ったこと」
「『今までありがとうございました』って」
「あれ、本心です」
「先輩だけは、私を『使えない』って言わなかった」
「『無理しなくていい』って、言ってくれた」
「あれが、私を救ってくれたんです」
私は、目を伏せた。
「ごめんね」
「私も、本当はあなたを"使えない子"だと思ってた」
彼女は、優しく笑った。
「いいんです」
「あの環境では、私は本当に"使えない子"だった」
「変わったのは、私じゃなく、環境」
「合う場所に行けば、私も役に立てる人間だった」
「それを教えてくれたのは、辞めた後の上司です」
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