「出前館の配達員が、私の寿司を素手で触っていた。」
窓越しにそれを見た瞬間、時間が止まった。
その日、私はいつものようにスシローを注文していた。
この店の寿司が好きで、週に三回は頼んでいる。
子どもも大好きで、「今日は公園で食べたい!」と朝からはしゃいでいた。
「届いたら、そのまま公園でピクニックしよう。」
そう約束すると、子どもは靴を履いて玄関で待ち始めた。
何度も外をのぞいては、「まだ?」と聞いてくる。
やがて、遠くに出前館のバイクが見えた。
「ママ、来た!」
子どもが嬉しそうに言う。
私は二階の窓から様子を見ていた。
その時だった。
配達員がバイクを止め、後ろのボックスを開けた。
そして中の寿司を取り出す。
次の瞬間、私は目を疑った。
崩れた寿司を、
素手で触り始めた。
指でネタを押し、シャリを整える。
まるで自分の寿司でも直すかのように。
さらに、ひとつの寿司を持ち上げた。
その一貫は、すでに崩れていた。
配達中に潰れたのだろう。
彼はそれを少し見つめると、
そのまま口に入れた。
私は言葉を失った。
子どもが横で言った。
「ママ……あの人、食べてる?」
私は反射的にスマホを取り出した。
そして、窓からその様子を撮影した。
配達員は、まったく気づいていない。
食べ終わると、残りの寿司を整え直し、
何事もなかったようにボックスへ戻した。
数秒後、インターホンが鳴った。
私は深く息を吸い、玄関を開けた。
配達員は笑顔で言った。
「お待たせしました。」
その表情は、
何もなかった人の顔だった。
私は袋を受け取り、中身を確認する。
寿司は一応整っている。
だが、さっき見た光景が頭から離れない。
私はその場で問いかけた。
「さっき、箱開けましたよね?」
配達員はすぐに首を振った。
「いえ、触ってません。」
即答だった。
一瞬、沈黙が流れる。
私はスマホを取り出した。
そして画面を彼に向ける。
動画を再生した。
ボックスを開ける姿。
崩れた寿司を素手で直す指。
そして、寿司を口に入れる瞬間。
配達員の顔色が、みるみる変わった。
私は静かに言った。
「じゃあ、これは何ですか?」
彼は言葉を失った。
数秒後、ようやく口を開いた。
「……すみません。」
小さな声だった。
「崩れていたので……整えようと……」
言い訳の途中で、また黙った。
「この注文、無料にします。」
私は首を振った。
「お金の問題じゃないです。」
子どもが公園で食べるのを楽しみにしていたこと。
だからこの店を選んだこと。
それを、ただ伝えた。
そして最後に言った。
「もう、こんなことはしないでください。」
配達員は何度も頭を下げた。
その日、私たちは結局
コンビニでおにぎりを買って公園に行った。
子どもは少し残念そうだったが、
それでも楽しそうに食べていた。
それから私は、
その店で寿司を頼むことは二度となかった。
そして数ヶ月後。
ふと通りかかった時、
その店の前で足が止まった。
看板が外されていた。
シャッターの張り紙には、
「閉店」
と書かれていた。
私はしばらくそれを見つめた。
崩れた寿司は、
整えれば元に戻る。
でも。
信用は、もう二度と元には戻らない。
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