「この会社は彼に売った。昔から知っているし、実の息子のようなものだからな」
俺は耳を疑った。
「俺には何の相談もなかったんですか?」
妻は平然と言った。
「身内で決めたことだから」
その一言で、俺の中の何かが完全に冷めた。
十年支えても、俺は身内ではなかったらしい。
「なら、俺はこの会社を辞めます」
すると妻が笑った。
「それなら離婚だけど?」
俺は即答した。
「むしろ助かる。全部まとめて関係を切れるからな」
その日、俺は会社も妻も捨てた。
半年後。
元妻の実家の会社は、急激に売上を落としていた。
大口顧客が次々と離れ、ついには一番大きな取引先である金塚建設からも契約終了を告げられた。
元妻たちは慌てて理由を聞きに行った。
担当者は静かに言った。
「鉄さんがいなくなったからです」
元妻は反論した。
「材料もサービスも変えていません!」
担当者は首を振った。
「だから問題なんです。鉄さんはただ木材を納品していたわけではありません」
鉄さんは現場へ足を運び、職人の声を聞き、木目、節、水分率、強度まで考えて材料を選んでくれていた。
時には酒を酌み交わし、職人の性格まで理解して、現場と会社の橋渡しをしていた。
それがあったから、職人たちは安心して仕事ができた。
「あなたたちは鉄さんを追い出した。その時点で、義理を軽く見る会社だと分かりました」
その言葉は、取引先だけでは終わらなかった。
社員たちも次々と不満を口にし始めた。
「鉄さんは会議でも空気を整えてくれていた」
「現場の揉め事も、いつも先に動いてくれていた」
「今の社長たちは、何も説明せず身内だけで決める」
ようやく元妻たちは気づいた。
会社を支えていたのは、看板でも株でもなかった。
十年間、見下していた俺の信頼だった。
焦った彼らは俺の新会社へやって来た。
「金塚建設さんとの関係を取り持ってほしい」
俺は断った。
「もう俺には関係ありません」
すると今度は義父が頭を下げた。
「会社を買ってくれ。このままじゃ倒産する」
元妻まで泣きついてきた。
「会社のことはもういいの。夫婦としてやり直したいの」
俺は笑った。
「それが一番ありえない」
俺は何も失っていなかった。
むしろ彼らが切り捨ててくれたおかげで、自分の会社を立ち上げ、本当に信頼できる仲間と働けるようになった。
俺の秘書が冷たく言った。
「十年も利用しておいて、まだ社長の人生を使うつもりですか?」
彼らは何も言い返せなかった。
その後、元妻の実家の会社は倒産した。
残っていた社員の一部は、俺の会社で引き取った。
だが、元妻一家と幼馴染社長は借金を抱え、最後は責任を押しつけ合って関係まで崩壊したらしい。
一方、俺の会社は順調に成長している。
近くにいる人ほど、ありがたさを忘れやすい。
だが、信頼を雑に扱った人間に、二度目の席は用意されていない。
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