六十七歳になった私は、ごく普通の年金暮らしを送っていました。夫を亡くしてからは贅沢をせず、食費を工夫しながら静かに毎日を過ごしていました。唯一の楽しみは、月に一度、長男・啓太から届く振り込みです。
「母さん、今月も少しだけ送るから」
そう言われ、通帳に入金されるのは毎月100円。普通なら少なすぎると思うのでしょうが、私は違いました。「気持ちが嬉しい」と思い、その100円で毎月駄菓子を買うのが密かな楽しみになっていたのです。
一方で、息子の妻・加奈さんはとても優しい人に見えました。重い荷物を運び、買い物を手伝い、私の体をいつも気遣ってくれました。妊娠してからは来られる回数が減りましたが、ネットスーパーの使い方まで教えてくれ、「本当に良いお嫁さんに恵まれた」と心から感謝していました。
ところが、ある日、息子との何気ない電話で違和感を覚えます。
「母さん、まだ100円で駄菓子買ってるの?」
その笑い方が、どこかおかしかったのです。
私は思い切って聞いてみました。
「いつもありがとう。でも100円だけ送るなら、手数料のほうが高いんじゃない?」
すると息子は笑いながら答えました。
「100円?何言ってるの。毎月30万円送ってるよ。」
頭の中が真っ白になりました。
「……え?私の通帳には100円しか入ってないわよ。」
電話の向こうで息子は黙り込み、やがて震える声で言いました。
「全部、加奈に振り込みを任せてた……。」
そこから事実確認が始まりました。
口座の記録、送金履歴、銀行の明細を調べると、息子は毎月30万円を妻へ渡し、「母へ振り込んでほしい」と任せていたことが判明したのです。しかし私の口座へ入っていたのは100円だけ。残りのお金はどこにもありませんでした。
さらに調査を進めると、もっと衝撃的な事実が明らかになります。
加奈さんは若い男性と不倫をしており、私のお金をブランド品や旅行、交際費に使い込んでいたのです。
「生活が苦しくて……。」
そう言っていた涙も、すべて私たちを信じ込ませるための演技でした。
息子は静かに言いました。
「母さん、ごめん。全部俺の責任だ。」
私は首を横に振りました。
「騙した人が悪いのよ。」
私たちは弁護士へ相談し、決定的な証拠をそろえました。
そして出産の日。
病室には赤ちゃんを抱いた加奈さんと義両親がいました。
「ほら、あなたの子よ。」
そう微笑みながら赤ちゃんを差し出す加奈さん。しかし息子は一歩も近づかず、封筒を机に置きました。
「加奈。不倫している証拠だ。」
部屋の空気が凍ります。
義父母は最初こそ否定しましたが、写真や記録を見た瞬間、誰一人言葉を発することができませんでした。
さらに私は、自分の通帳を静かに机へ置きました。
「息子は30万円送っていたそうです。でも私の口座には100円しか入っていません。」
義父は震えながら娘を見つめ、
「それは親を騙しただけじゃない。泥棒だ。」
と声を荒らげました。
加奈さんは泣きながら「寂しかった」「相手に夢中だった」と言い訳を続けましたが、誰の心にも届きません。
息子は最後にこう告げました。
「離婚する。慰謝料も請求する。着服した金も返してもらう。そしてDNA鑑定も受ける。」
その後の鑑定で、生まれた子どもは息子の子ではないことが判明しました。
着服していた約360万円は義両親が立て替えて返済し、不倫相手にも慰謝料が請求されました。
あの日以来、私の通帳には100円が並ぶことはありません。
今では息子が時々帰ってきて、一緒に温かい味噌汁を囲みながら食卓につきます。
あの100円は、親孝行ではありませんでした。
けれど、あの日「どうして100円なの?」と勇気を出して聞いた一言が、私たち家族を大きな嘘から救ってくれたのです。
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