今朝も、ホームの床に描かれた「ギザギザの二列ライン」が目に入った。
――あ、まただ。
先頭の三人が、ラインを無視して一直線に“通路を塞ぐ”ように並んでる。しかも私の後ろは、すでに長蛇の列。毎朝の景色。毎朝のため息。
私は反射で口を開きかけた。
「すみません、こちらの線に沿って――」
その瞬間、背中側から肩を“トン”と押さえられた。
「…言わなくていいよ。今日は見てよ。
“劇場”が始まるから」
振り返ると、知らない女性が小さく笑ってる。
え、何それ。怖い。…でも、妙に説得力がある。
私は唇を噛んで、言葉を飲み込んだ。
今日だけ。今日だけは「整列おばさん」辞める。
列は伸びる。伸びる。伸びる。
なのに先頭だけ、ずっと“変な形”のまま。
スマホに目を落としたままの人。
ラインの上に堂々と立つ人。
「自分さえ乗れればOK」みたいな体勢の人。
私の脳内で、何度も何度も“注意のセリフ”が再生される。
でも、今日の私は黙る。黙るって決めた。
そして――電車が来た。
いつも通り、乱れた先頭の三人が、中央からズイッと前へ。
降りる人の通り道を、当然のように塞いだ。
次の瞬間。
ドアが開いて、下車の波がドンッと押し寄せた。
ホームに空気の圧がかかる。ぎゅうっ、と人が詰まる。
「ちょ、危ない!」
子どもの泣き声が混じった。
人混みの中、ベビーカーではないけど、子どもの手を引いたお母さんが体勢を崩した。
小さい子が、よろけて、膝が床につきそうになる。
――やばい。
私の足が勝手に前へ出かけた、そのとき。
「危ないですよ!!」
大きい声が飛んだ。
さっき私の肩を押さえた女性じゃない。別の方向から。さらに別の方向からも。
「降りる人が先です!」
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