レジで並んでいたときのことだった。
前の男性に店員さんが丁寧に声をかける。
「お箸おつけしますか?」
次の瞬間、男はわざと眉をひそめて言った。
「手で食えと?」
空気が一瞬で冷えた。
……いやいや、「ください」でええやろが。
心の中でツッコミを入れたそのとき、男は周囲の視線に気づいたのか、少し間を置いてから
「……ください」
と、気まずそうに言い直した。
この時点で十分ダサい。
正直、これで終わりならまだ良かった。
でも問題は、その直後だった。
会計が進む中、隣のレジから怒鳴り声が響いた。
「だから違うでしょ!?何回言えば分かるの!?」
思わずそちらを見ると、若い店員――明らかに初バイトの子が、年配のパートに頭ごなしに怒鳴られていた。
その子は必死に「すみません…」と繰り返している。
でも、次に客に向き直った瞬間、ちゃんと笑顔を作っていた。
……なのに、目は完全に涙目だった。
その瞬間、胸の奥がざわっとした。
さっきの男もそうだ。
そして今のこのパートもそう。
“立場が弱い相手には強く出る”
その空気が、どうしても気に入らなかった。
私は会計の順番が来たとき、わざとその子のレジに並んだ。
商品を置きながら、ゆっくり言った。
「さっきの対応、すごく丁寧でしたよ」
その子は一瞬、驚いた顔をした。
「え……」
私はそのまま続けた。
「ちゃんと周り見て動いてたし、初めてでもあれだけできてたら十分だと思います」
後ろにいたさっきの男が、少し気まずそうに視線を逸らす。
そして私は、少しだけ声を上げた。
「むしろ、ああいう言い方されてもちゃんと対応してる方がすごいですよね」
完全に、さっきのやり取りを指している。
空気がピタッと止まった。
男は何も言えない。
そして、怒鳴っていたパートのおばさんがこちらを見た。
「この子、まだ何も分かってなくて――」
私は笑顔のまま、言葉を重ねた。
「そういうのは分かります。でも、怒鳴り声は普通に不快でしたよ」
一瞬、完全に固まった。
私はさらに追い打ちをかける。
「お客さんの前であの言い方はちょっと……もう少し優しく教えてあげた方がいいと思います。
本当に」
店内の空気が、明らかに変わった。
周りの客も、うんうんと頷くような雰囲気になる。
逃げ場を失ったのは、おばさんの方だった。
「……すみません」
小さく、そう呟いた。
その瞬間、涙目だった店員の子が、少しだけ顔を上げた。
私はそれを見て、軽く頷いた。
会計が終わり、袋を受け取るとき、その子が小さな声で言った。
「……ありがとうございます」
私はそれに対して、短く返した。
「気にしなくていいよ。ちゃんとできてたから」
店を出たあと、少しだけ空を見上げた。
別に正義感とかじゃない。
ただ、見てて不快だったから言っただけ。
でも一つだけはっきりしてる。
強い人間って、怒鳴る人じゃない。
ちゃんと立場が弱い相手にも、同じ態度で接する人だ。
そして――
それを誰かが一度止めるだけで、空気はちゃんと変わる。
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