「肌着に血が滲んでいた。」
風呂に入ろうとした小3の息子の肩を見た瞬間、私は息を呑んだ。
右肩に赤い爪痕。よく見ると、左肩にも同じような跡が残っている。
指で強く掴まれた跡だった。
「これ、誰にやられたの?」
息子は少しだけ目を逸らして言った。
「大丈夫。いつものことだから。」
その一言で、胸の奥が冷たくなった。
「いつものことって、どういう意味?」
聞くと、息子はぽつぽつと話し始めた。
相手は、クラスで有名な問題児。
保育園の頃からトラブルが多く、何度も保護者が学校に相談してきた子だという。
「今日はどうしたの?」
「ケンカしてた子がいてさ、止めただけ。」
つまり、息子は仲裁に入っただけだった。
それなのに、その子は怒って息子の肩を掴み、力いっぱい引き寄せたという。
「先生は?」
「知ってる。
でも……」
息子は少し黙ってから言った。
「子供同士のことだからって。」
その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
これはもう、子供同士の問題じゃない。
私はすぐ言った。
「服着て。病院行くよ。」
夜の救急外来は思ったより混んでいた。
待合室で座っている間も、息子の肩の傷が頭から離れない。
やっと呼ばれて診察室に入ると、医師は息子の肩を見て眉をひそめた。
「これは……強く掴まれてますね。」
私は聞いた。
「ケンカの傷に見えますか?」
医師ははっきり答えた。
「いいえ。これは暴力です。」
その言葉で、迷いは消えた。
「診断書、お願いします。」
医師は静かに頷いた。
帰り道、車の中で息子がぽつりと言った。
「ママ、学校に言わなくていいよ。」
「どうして?」
「みんな、よくやられてるから。」
私はハンドルを握る手に力が入った。
「みんなって?」
「クラスの子。」
つまり、この子だけじゃない。
何人もの子が同じことをされている。
なのに、誰も止められていない。
翌朝、私は診断書をバッグに入れて学校へ向かった。
まず担任に会った。
事情を説明すると、担任は困ったように言った。
「子供同士のトラブルなので……」
その瞬間、私は静かに言った。
「そうですか。」
バッグから診断書を取り出して机の上に置いた。
「これは病院の診断書です。」
担任の顔色が変わる。
「校長先生とお話できますか?」
校長室の前に立ったとき、胸の奥の怒りが一気に込み上げた。
私はドアを開けた。
いや、正確には——
蹴り開けた。
突然の音に、校長が椅子から立ち上がる。
私は診断書を机に叩きつけた。
「これ、見てください。」
校長は紙を手に取り、目を通す。
そして、少しだけ顔色が変わった。
「学校としても注意はしているのですが……」
私は途中で遮った。
「そうですか。」
そして言った。
「警察に相談します。」
その瞬間、校長の表情が固まった。
部屋の空気が一気に重くなる。
「少し、お時間をください。」
その日の夜。
保護者グループのLINEが鳴った。
知らない番号からメッセージが届いた。
「うちの子もやられてました。」
そのあと、すぐに別のメッセージ。
「うちもです。」
「うちも。」
「うちも。」
気づけば、同じ話が次々と出てきた。
殴られた。
突き飛ばされた。
掴まれた。
被害の子は、十人近くいた。
なのに、ずっと「子供同士のこと」で済まされてきた。
翌週。
学校から連絡が来た。
問題児は——
別室登校になった。
クラスで暴れることはできなくなった。
その日の夕方、息子が帰ってきた。
ランドセルを置いて、ぽつりと言った。
「今日さ。」
「誰も殴られなかった。」
私は静かに息を吐いた。
ずっと放置されていたことが、
やっと止まった。
そして私は思った。
やっと——
大人が動いた。
引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]