私は、8歳の子どもに3回も嘘を重ねられた。
それは、出張帰りの夫が両手で抱えて帰ってきた6000円の草莓だった。
「やっと買えた」と少し誇らしげに笑っていた顔を、私は覚えている。
「パパが帰ってから一緒に食べようね。」
娘はちゃんと頷いて、箱をそっと冷蔵庫にしまった。
その日の午後、友達が遊びに来た。
数分後、その子が台所に走ってきた。
「ねえ、あの子、ほんとは今すぐ草莓食べたいって言ってるよ。もう我慢できないって。」
その瞬間、胸の奥に小さな違和感が走った。
あの子は、さっきまで普通に遊んでいた。
我慢できないほどの顔はしていなかった。
でも私は何も言わなかった。
リビングに戻った彼女は、娘の耳元で何かをささやいた。
聞き取れなかった。でも、空気が少し変わった。
しばらくして、二人で並んでやってくる。
娘が言う。
「…お姉ちゃんが、ちょっと食べたいって。」
“お姉ちゃん”。
自分じゃない。
その言葉で、私はほぼ確信した。
でも、あえて箱を開けた。
半信半疑だった。
もしかしたら本当に娘が揺れたのかもしれない。
真っ赤な草莓を皿に乗せる。
二人は嬉しそうに頬張る。
その様子を見ながら、私は心の中で静かに流れを整理していた。
最初に告げ口。
次にささやき。
最後に“他人名義”。
原来不是嘴馋,是算计。
怒りがじわりと込み上げた。
でも私は怒鳴らない。
翌日、残っていた草莓を丁寧に洗い、きれいな箱に詰めた。
時間は夕方前。
ちょうど家族が揃う頃。
チャイムを押す。
ドアが開いた瞬間、私は穏やかに言った。
「昨日、子どもたち一緒に草莓食べて楽しかったです。とても喜んでました。」
それだけ。
“誰が特に喜んだか”は言わない。
でも伝わる言い方で。
相手のお母さんは少し驚いた顔をした。
「そうなんですか…?」
私は笑っただけ。
その夜は静かだった。
そして翌日の午後。
ピンポーン。
ドアを開けると、向こうのお母さんが立っていた。
その隣に、昨日のあの子。
両手で大きな西瓜を抱えている。
少し重そうに。
視線は下を向いたまま。
「昨日はありがとうございました。子どもが…ちゃんと話しました。」
母親の声は穏やかだったけれど、意味は十分伝わった。
あの子が小さく言う。
「…ありがとう。」
西瓜が、どん、と玄関に置かれた。
重い音だった。
私はゆっくり息を吐いた。
ああ、これでいい。
その後、その子がうちで“誰かの名義”を使うことは、二度となかった。
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