その日、私はいつも通り車で買い物に来ていた。
ただ、ひとつだけ理由がある。
私は――まだ運転に慣れていない初心者ドライバーだ。
正直まだ駐車は得意ではない。だからこそ、いつも気をつけていることがある。
それは――
できるだけ周りに車がいない場所に停めること。
もし隣に車があって、ドアを開ける時にぶつけてしまったら大変だ。いわゆる「ドアパンチ」になってしまう。
それだけは絶対に避けたい。
だから私は、いつもわざと入口から遠い場所を選んで停めている。
その日も同じだった。
地下駐車場に入ると、中はかなり空いていた。
入口付近には車が何台か停まっていたが、少し奥に行くとほとんど車はいない。
私はその中でも、さらに奥の場所を選んだ。
左右のスペースも広い。
「ここなら大丈夫だろう」
そう思って、白い車をゆっくり駐車した。
隣には誰もいない。
安心してエンジンを切り、買い物に向かった。
買い物は20分ほどで終わった。
そして駐車場に戻ってきた時――私は思わず足を止めた。
「え……?」
自分の車の隣に、青い車が停まっている。
駐車場は相変わらずガラガラだ。
周りにはいくらでも空きスペースがある。
なのに、なぜか――
私の車のすぐ隣。
しかも、かなり近い。
思わず車の横に立って距離を確認する。
「……これ、ドア開く?」
試しに右側のドアを少し開けてみる。
ギリギリ。
本当にギリギリだった。
普通に乗ろうとしたら、確実にドアが当たる。
「なんでここに停めるんだろう……」
正直、意味が分からなかった。
駐車場はほとんど空いている。
わざわざ隣に停める理由が思いつかない。
でも仕方ない。
帰らないわけにもいかない。
私はできるだけ慎重に、ゆっくりドアを開けた。
しかし、ほとんど開かない。
結局、私は体を横にして、自分の車に体を擦りつけるようにして乗り込むしかなかった。
「うわ、狭い……」
なんとかシートに座り、ドアを閉める。
その時だった。
後ろから声がした。
「すみません、ちょっといいですか?」
振り返ると、青い車の横に一人の男が立っていた。
40代くらいだろうか。
その男は、私に近づいてきて言った。
「今、ドア当てましたよね?」
「え?」
突然の言葉に、思わず声が出た。
男は自分の車のドアを指差した。
「ここ、見てください」
そこには確かに、うっすらとした擦り傷のような跡があった。
「さっきまでこんなの無かったんですよ」
そう言ってこちらを見る。
私は一瞬、言葉が出なかった。
確かにさっき、かなり狭かった。
でも――
当てた感覚なんて、全くなかった。
「いや……当てた覚えはないです」
そう言うと、男は少し眉をひそめた。
「でも、かなり近かったですよね?」
確かに近かった。
でもそれだけで、私がやった証拠にはならない。
私は周りを見回した。
駐車場は静かだった。
ドライブレコーダーもない。防犯カメラも見当たらない。
つまり――
証拠がない。
男はしばらく自分の車を見ていた。
そして、ため息をついた。
「……まあいいです」
そう言うと、そのまま自分の車に乗り込んだ。
そしてエンジンをかけ、何事もなかったかのように駐車場を出て行った。
私はしばらく、その場に座ったまま動けなかった。
正直、今でも分からない。
本当に私は当てていないのか。
それとも、気づかなかっただけなのか。
でもひとつだけ思う。
駐車場があんなに空いていたのに、どうしてわざわざ隣に停めたんだろう。
そしてもうひとつ。
もし、あの傷が本当に私のせいだったとしても――
あの状況で、どうやって証明すればよかったんだろう。
今でも時々、あの駐車場のことを思い出す。