その出来事は、昨日の配達中に起きた。
いつものようにUber Eatsの配達をしていた私は、あるマンションに料理を届けに行った。
注文は現金払い。最近はキャッシュレスが多いが、まだ現金払いの客も少なくない。
注文金額は——
3,621円。
インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
出てきたのは、30代くらいの男性だった。
「ありがとうございます」
料理を渡し、私は金額を伝える。
「3,621円になります」
すると客は財布から千円札を取り出した。
一枚、二枚、三枚、四枚。
1000円札を4枚。
私はその場で確認しながら言った。
「4,000円お預かりします」
そして財布から小銭を出し、
「お釣り379円です」
と手渡した。
客は特に何も言わず、
「はい、ありがとうございます」
それで取引は終わったはずだった。
私は「ありがとうございました!」と頭を下げ、
そのまま階段を降りようとした。
その時だった。
後ろから声がした。
「あのー」
振り返ると、さっきの客が立っていた。
「もしかして…5,000円渡したかもしれないです」
「……え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「5,000円…ですか?」
「はい。5,000円だったかもしれないです」
私はすぐ答えた。
「いえ、1000円札4枚でしたよ」
実際、ちゃんと数えた。
しかもその場で声に出して確認している。
すると客は少し考えたあと、
「あ、じゃあ大丈夫です」
とあっさり言った。
「すみません、勘違いかも」
私は軽く頭を下げた。
「いえいえ、大丈夫です」
そして今度こそ配達を終え、その場を離れた。
——正直、その時は何も気にしていなかった。
こういう勘違いは、たまにある。
「5000円出したつもりだった」
「1万円出したつもりだった」
そんなケースは、配達をしていれば何度か経験する。
だが。
本当の問題は、翌日起きた。
スマホにUberから通知が来ていた。
何だろうと思い開くと、メッセージが表示されていた。
内容を見た瞬間、私は固まった。
そこにはこう書かれていた。
「お客様から報告がありました」
さらに読み進める。
「配達時に、注文金額3,621円に対して
4,621円を集金されたとのことです」
つまり——
1000円多く取った、という通報だった。
「……は?」
思わず声が出た。
昨日の客だ。
間違いない。
あの時、
「じゃあ大丈夫です」
そう言った客が、
翌日になって通報していた。
正直、頭が真っ白になった。
もしこれがそのまま通れば、
私は“1000円をちょろまかした配達員”になる。
Uberのメッセージには続きがあった。
「差額1000円について確認させてください」
私はすぐ返信を書いた。
「昨日、1000円札4枚を受け取りました。
その場で『4000円お預かり』と声に出して確認しています。
その後、お客様も『大丈夫です』とおっしゃっています」
そして最後にこう書いた。
「もし5000円札を渡していたなら、
その場で釣り銭が1379円になるはずです。
379円しか渡していない時点で、
お客様も気づくはずです」
しばらくして、Uberから返信が来た。
「確認いたします」
それから数時間後。
再びメッセージが届いた。
結果は——
「今回の件について、配達パートナー様の不正は確認されませんでした」
つまり、
問題なし。
私はスマホを見ながら、小さく息を吐いた。
しかし同時に、こう思った。
もしあの時、
・その場で数えていなかったら
・声に出して確認していなかったら
結果は違っていたかもしれない。
配達員は基本、客の言葉に反論しにくい。
しかも現金払い。
証拠はほとんど残らない。
つまり——
言った者勝ちになる可能性がある。
正直、1000円のためにこんなことをする人がいるとは思いたくない。
でも今回の件で、一つだけ学んだ。
これからは必ず、
客の前で、声に出して数える。
「1000円、2枚、3枚、4枚。
4000円お預かりします」
そして釣り銭も、同じように。
配達員は便利な仕事だ。
でも同時に、
こういう理不尽とも隣り合わせだ。
もしあの日、何も言わずに受け入れていたら。
私は今頃、
“1000円を盗んだ配達員”にされていたかもしれない。