あれは、仕事帰りに立ち寄ったコンビニでの出来事だった。
夜のコンビニはそこそこ混んでいて、レジには数人並んでいた。
私は何となくスマホを見ながら順番を待っていたが、前の方で妙なやり取りが聞こえてきた。
「セッター、セッター」
低い声のおじさんが、レジの若い店員にそう言っていた。
店員は高校生くらいの男の子だった。
少し困った顔で言う。
「番号でお願いします」
最近のコンビニでは、タバコは番号で注文するのが普通だ。
銘柄も種類も多いから、番号の方が早くて確実だからだ。
だが、その一言で空気が変わった。
おじさんの顔が一気に険しくなった。
「は?」
そして、レジに身を乗り出して言った。
「セッターもわかんねぇのかよ、ガキがよ」
レジの周りの空気が、ピリッと凍った。
店員は一瞬固まりながらも、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません、番号でお願いできますか」
するとおじさんは鼻で笑った。
「普通わかるだろ。セッターだよ、セッター」
店員は明らかに困っている。
後ろに並んでいる客も、だんだんイライラし始めていた。
だが、おじさんはお構いなしだ。
「今どきのガキはセブンスターも知らねぇのか」
「仕事してんなら覚えとけよ」
説教が始まった。
私はその時点で、だいぶムカついていた。
理由は二つある。
一つは、明らかに店員が可哀想なこと。
そしてもう一つは——
レジが全く進まないことだ。
おじさんの説教はまだ続いていた。
「俺の時代はな、こんなもん常識だったんだよ」
店員は何も言えず、ただ立っている。
私は小さくため息をついた。
そして、声をかけた。
「セッターですか?」
おじさんが振り向いた。
「あ?」
私を見て言う。
「こいつがセッターもわかんねぇんだよ」
私はレジに近づいて、静かに聞いた。
「番号で言わない理由はなんですか?」
おじさんは少し眉をひそめた。
「は?」
「セッターでわかるだろ」
私はもう一度聞いた。
「番号で言わない理由はなんですか?」
おじさんは少しイラついた顔で言った。
「普通わかるだろって」
私はうなずいた。
そして言った。
「じゃあ、僕が吸ってるタバコ」
おじさんがこちらを見る。
「センティアのパープル」
おじさんは一瞬固まった。
「……は?」
私は続けた。
「番号で言えばわかりますか?」
そしてレジの上を指差した。
「144です」
おじさんは少し考えてから言った。
「あー、あれか」
私は静かに言った。
「今、何言ってんだこいつって思いました?」
おじさんの顔が少しこわばる。
私は店員を指さした。
「店員さんも、今まさに同じ気持ちだったと思います」
レジの後ろの店員が、少し驚いた顔をしていた。
私は続けた。
「名前が分からない人でも、すぐ見つけられるように番号が振ってあるんです」
「無駄を省くための仕組みなんですよ」
そして最後に言った。
「無駄を省きたいなら、無駄な説教しないでさっさと番号で買ってください」
レジの後ろで、誰かが小さく笑った。
おじさんの顔が真っ赤になった。
しばらく沈黙が続いたあと、
おじさんがぼそっと言った。
「……俺が悪いのかよ」
私はすぐ答えた。
「あなたの無駄な説教で、僕の時間も店員さんの時間も奪われました」
「だから、僕にとっても店員さんにとっても——」
少し間を置いて言った。
「あなたは悪です」
レジ周りが静まり返った。
おじさんは何も言えなくなった。
しばらくして、ぶつぶつ言いながら財布を出した。
そして今度は、小さな声で言った。
「……番号、何番だ」
店員が答える。
「7番です」
おじさんは煙草を受け取ると、
そのまま誰とも目を合わせず
さっさと店を出ていった。
レジの空気が一気に緩んだ。
店員が小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
私は軽く手を振った。
「いえいえ」
後ろに並んでいた人が言った。
「スッとしました」
私は苦笑いした。
コンビニを出ながら、ふと思った。
世の中には、
小さいことで偉そうになる人がいる。
でもそういう人ほど、
一番シンプルなことが分かっていない。
——人に偉そうにする前に、
まず自分がちゃんとすればいいだけだ。