「風、ちょっと弱いですね。」
それだけだった。
ただの独り言のような、軽い一言だった。
仕事帰り、いつもの銭湯。
古い木のロッカー、少し色あせた料金表、瓶コーラの自販機。
派手ではないけれど、落ち着く場所だった。
湯上がり、更衣室のドライヤーの前に立つ。
風が弱い。
別の台に変えても、やはり弱い。
後ろには人が並び始めていた。
「風、弱いな……」
誰かに向けた言葉ですらなかった。
それから三日後。
更衣室に入ると、ドライヤーが透明なケースに入れられ、
そこに貼り紙があった。
「一部のお客様からの“心無い声”を受け、本日よりドライヤーは有料(100円)とさせていただきます。
何卒ご理解ください。」
立ち尽くした。
“心無い声”。
あの一言が、
そう呼ばれたのだと、すぐに分かった。
更衣室は妙に静かだった。
小銭を探す人。
濡れたまま髪を結ぶ人。
何も言わず、外に出ていく人。
帰宅後、SNSで店の投稿を見た。
コメント欄は二つに割れていた。
「無料に文句言う方が悪い」
「風が弱いのは事実でしょ」
「入浴料に含まれてると思ってた」
「改善点を“心無い”って切るのは違う」
店側の返信も目に入った。
「無料サービスを当たり前だと思う風潮こそが問題です。」
その一文を読んだとき、
“客”ではなく、“わがままな存在”として見られている気がした。
それから少しずつ、客足は減った。
毎晩見かけていた常連の姿が消え、
更衣室に並ぶこともなくなった。
持ち込みドライヤーは禁止。
選択肢は「払う」か「諦める」か、だけだった。
ある日、通りの向かいに新しい銭湯ができた。
開店初日、入口に貼られていた紙はこうだった。
「高風量ドライヤー完備・無料ご意見もぜひお聞かせください。」
入ってみると、
数分で髪が乾いた。
鍵も、箱も、注意書きもない。
その夜、新しい店の更衣室は満員だった。
一方、旧店の前を通ると、
明かりはついているのに、靴はほとんどなかった。
一週間後。
旧店の貼り紙は変わっていた。
「設備を見直し、高品質ドライヤーを導入しました。本日より再び無料でご利用いただけます。皆さまのご意見に感謝いたします。」
言葉は、柔らかくなっていた。
でも、もう足は向かなかった。
無料サービスは、黙って受け取るだけのものではない。
不満=感謝がない、ではない。
「ここ、もう少し良くなったらいいな」
その気持ちを、
“心無い声”と切り捨てた瞬間、
店は、窓を閉めたのだと思う。
運命を変えたのは、
「風が弱い」という一言ではない。
その言葉に、
どう向き合ったか。
扉を閉めるか、
窓を開けるか。
それを決めたのは、
店のほうだった。