川沿いの細道。朝の通勤。
いつも通り会社に向かってただけだった。
前からチャリが来た。道幅はギリギリ。
こっちは減速して左に寄せた。譲ったつもりだった。
次の瞬間、チャリの男がフラッと蛇行した。
……スマホ見てんのか?
反射でハンドルを切った。切りすぎた。
タイヤが砂利に乗って、車体が一瞬浮いた感覚がした。
「やば——」
ドン。
川底に“刺さる”って、こういうことなんだな。
車が前のめりに突っ込んで、縦に回った。世界が上下逆さま。
バンッ!とエアバッグ。粉っぽい匂い。視界が白い。
体がシートベルトに食い込む。息が詰まる。
水が入ってくる音で正気に戻った。
ヤバい、死ぬ。
ドアは開かない。窓も動かない。
濡れた指でベルトのバックルを探して、ガチャッと外した。
水に押されながら、なんとか体をねじって外へ。
顔を出した瞬間、肺が痛いほど空気を吸った。
……助かった。
岸には人がいて、声が飛んでくる。
「大丈夫ですか!」「救急車呼びます!」
俺は手を振った。擦り傷だらけで、全身びしょ濡れ。
でも、今は命がある。
――あるんだけど。
次の瞬間、頭の中が別の恐怖に切り替わった。
スマホがない。
財布もない。
全部、車の中だ。
「……マジか」
俺は一回、川に潜った。
シートに手を突っ込んで、スマホを掴んだ。財布も掴んだ。
水から上がったとき、周りの人が変な顔をしてた。
そりゃそうだ。普通はもう潜らない。
そこへパトカー。警察官が来た。
「大丈夫ですか。お怪我は?」
「擦り傷だけです……すみません」
ここまでは、よくある事故対応。
問題は次の一言だった。
「運転免許証と、車検証はありますか?」
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