ドアが閉まりかけた瞬間、男が片足をねじ込んで止めた。警告音が短く鳴って、車内の空気が一気に重くなる。男はそのまま身を乗り出し、車いすの少年に向かって怒鳴った。
「邪魔なんだよ。車いす畳んで歩け」
無障害スペースには、万博帰りらしい親子がいた。少年は車いすに座り、母親が横で立っていた。母親は反射的に体を前に出して、少年をかばうように腕を広げた。口は動いたのに、声が出ない。出したら崩れてしまう、そんな喉の動きだった。
車内は静かだった。誰かが止めるでもなく、誰かが注意するでもなく、ただ視線だけが走って、すぐに別の場所へ逃げた。広告を見上げる人、床を見つめる人、スマホに戻る人。私は耳にイヤホンを入れたまま、音楽が急に遠くなったように感じた。
少年の手に光るものが見えた。小さな万博の記念章。彼はそれを握りしめていた。指の関節が白くなり、握ったまま固まっている。次の瞬間、少年の胸が不自然に上下し始めた。呼吸が乱れている。吸って、止まって、吐けない。母親がしゃがみ込み、少年の手を包む。
「大丈夫、いっしょに、吸って……吐いて……」
男はそれでも言葉を止めなかった。「みんな疲れてんだよ」「占領するな」そういう言い方を繰り返した。苦しそうな呼吸を、都合のいい材料にするような視線だった。
私は迷った。何か言えば、次は私が絡まれる。けれど、何もしなければ、この親子は“我慢する側”に固定される。ドアを足で止められている以上、列車は動けない。安全の話でもある。私は立ち上がって、車内の緊急通話ボタンの前に行った。
押した。短い電子音が鳴った。
男がこちらを向き、「何してんだ」と言いかけた。私はできるだけ平坦に伝えた。「無障害スペースでトラブル。ドアを足で止められて運行が妨げられている。支援をお願いします」その言葉の途中で、周りの人の動きが変わった。静かだった車内が、いくつかの層に分かれていくのが見えた。止めようとする人、スマホを向ける人、何も言わないまま固まる人。
次の駅に到着し、ドアが開いた。男は足を外し、降りようとした。逃げるつもりだと分かった。私はスマホを上げた。録画は最初から回っていた。私は一言だけ言った。
「今の、全部録ってます」
男の足が止まった。私だけではなく、別の方向からもカメラが向いているのが見えた。声を荒げれば荒げるほど、映像として残る。男は一瞬、私のスマホを奪うか迷うような手の動きを見せ、やめた。代わりに「大げさだ」「そんなつもりじゃない」と言い始めた。
そこへ乗務員と駅員が来た。乗務員は状況を確認し、手順どおりに男へ告げた。「運行妨害の可能性があります。降車して状況を説明してください」その言い方は丁寧だったが、揺らがなかった。男は抗議した。けれど、ドアを足で止めた事実と、暴言の録画がある。
駅員が誘導し、男はホームへ連れていかれた。
私はそこで終わりだと思った。けれど乗務員は、ただ“揉め事を収める人”ではなかった。彼はホームから折りたたみ式の予備車いすを押して戻り、迷いなく広げた。固定具を確認し、車いすスペースの位置を整え、周囲の荷物を静かに移動させた。その手つきは慣れすぎていた。まるで毎日この場面に備えているように。
母親は小さく頭を下げた。少年はようやく呼吸が落ち着き、握りしめていた記念章を少し緩めた。私は自分の胸の奥も、同じようにやっと緩んだ気がした。
ここまでが、私が見て、やったこと。淡々と書いた。けれど最後にどうしても言いたい。
車いすの人に「畳んで歩け」と言うのは、単なる失言じゃない。存在そのものを“迷惑”に変換して、公共の場から押し出そうとする暴力だ。しかもそれを、他人の沈黙が支える。私もその沈黙側に座りそうになった。だから押した。あのボタンは、誰かを罰するためじゃない。“ここに助けが必要な人がいる”と知らせるためにある。
万博の帰り道に、子どもが思い出を握りつぶされかけた。
あれを「仕方ない」で終わらせたくない。怒りは、こういう場面で声にならない人の代わりに、せめて記録になって残ってほしい。私たちの公共は、弱い人が“我慢して小さくなる”ことで成り立っていいはずがない。