私は大阪のコンビニで夜勤をしている。その日も、いつもと変わらない朝になるはずだった。
朝6時前、レジで品出しをしていると、突然店のドアが勢いよく開いた。
「おい!店長呼べ!!」
怒鳴り声に、店内の空気が一瞬で凍りついた。
振り返ると、40代くらいの男性が真っ赤な顔で立っている。手にはスマホ。明らかに怒っていた。
「どうしましたか?」
そう聞くと、男は店の外を指さした。
「外の俺の車、見たか!?コーヒーかけられて、変な紙まで貼られてるんだけど!」
私は慌てて外に出た。
店の前の駐車場に停まっていたのは、白いSUV。
フロントガラスには段ボールが挟まれていた。
「ずっと停めるんですか?」「停めるんですか?あかんで」
しかもフロントガラスには、茶色い液体の跡。どう見てもコーヒーだった。
男は怒鳴る。
「お前らの店の客だろ!?監視カメラあるだろ!犯人探せよ!!」
私は事情を聞いた。
「どれくらい停めていましたか?」
すると男は即答した。
「トイレ行っただけだよ!」
そしてさらに声を荒げた。
「ほんの数分だぞ!?戻ってきたらこれだよ!!器物損壊だろ!!」
店の中のお客さんも、何人か外に出てきて様子を見ていた。
私は一応説明した。
「申し訳ありませんが、駐車場はお店の利用者専用なので…」
すると男は遮るように怒鳴った。
「だから利用してるだろ!トイレ借りただろうが!!」
確かにトイレは自由に使える。ただ、私はその車に少し見覚えがあった。
昨日の夜。
出勤した時から、同じ場所にその車が停まっていた気がした。
でも、確信はなかった。
男はスマホで写真を撮りながら言う。
「これ警察呼ぶからな。店の管理責任だろ?」
そう言って、本当に警察を呼んだ。
10分ほどして、警察が到着した。
事情を説明すると、警察はまず車を確認した。
段ボールを見て、少し苦笑いする。
「…ずっと停めてたんですか?」
男はすぐ反論した。
「違いますよ!トイレですよトイレ!」
警察は淡々と聞いた。
「どれくらいですか?」
「10分くらい!」
その時だった。
店長が店内から出てきて、小さく言った。
「監視カメラ、確認しました。」
警察が振り向く。
店長はタブレットを見せた。
「この車、昨日の夜11時からずっと停まってます。」
一瞬、空気が止まった。
警察が男を見る。
「…え?」
男の顔が固まった。
店長は続ける。
「閉店前の時間から、今まで一度も動いてません。」
つまり。
約7時間。
警察が静かに聞いた。
「トイレ、長かったですね。」
周りで見ていたお客さんから、思わず小さな笑いが漏れた。
男は焦ったように言い訳する。
「いや、その…ちょっと寝てただけで…」
警察はため息をついた。
「コンビニの駐車場は長時間利用できません。」
男はまだ食い下がる。
「でもコーヒーかけられてるんですよ!?それは犯罪でしょう!?」
警察は冷静に答えた。
「それは調べます。ただ、迷惑駐車の可能性もありますね。」
その瞬間、男の勢いは一気に弱くなった。
さっきまで怒鳴っていた声が、急に小さくなる。
「…まあ、でも別にいいですけど。」
結局、その場はそれ以上大きな騒ぎにはならなかった。
男は段ボールを外し、車に乗り込んだ。
そしてエンジンをかける前に、小さくこうつぶやいた。
「…めんどくせえ店だな」
そう言って車は走り去った。
その後、警察がぽつりと言った。
「たぶん、近所の人でしょうね。何度も停めてたんじゃないですか。」
私は段ボールをもう一度見た。
「ずっと停めるんですか?」
「停めるんですか?あかんで」
あれはただの悪ふざけじゃない。
たぶん。
ずっと我慢していた誰かの、最後の警告だったんだと思う。
そして店長が最後にこう言った。
「まあ…」
「正直、自業自得ですね。」
店の前の駐車場は、その日だけやけに静かだった。