うちの玄関には、ある日から一枚の張り紙が貼ってある。
最初に見た人は、だいたい同じ反応をする。
「え、これ本気?」
そう言って二度見する。
紙にはこう書かれている。
勧誘・訪問販売歓迎下記料金にて承ります
インターホン(1回)……3300円対面対応(5分)……55000円延長対応(1分毎)……10000円資料受取(1枚毎)……5500円対面感染症対策費……77000円マスク販売(1枚)……11000円
支払い拒否は警察へ通報します。※PayPay対応可
もちろん、本当に請求するつもりはない。
ただ――
ここまでしないと、訪問販売が止まらないのだ。
うちの地域は住宅街で、ここ数年やたらと営業が来る。
保険通信回線太陽光パネルウォーターサーバー
とにかく何でも売りに来る。
最初は普通に断っていた。
「結構です」「必要ありません」
だが最近の営業はしつこい。
ある日なんて、夕飯を作っている時間にインターホンが鳴った。
モニターを見ると、スーツ姿の男。
出ると、いきなりこう言った。
「電気料金の見直しのご案内です!」
私は答えた。
「結構です。
」
だが男は帰らない。
「いえ、ほんの5分だけでも――」
「結構です。」
それでもドアの前に立ったまま。
むしろ説明を続けようとする。
正直、少し怖かった。
その日、私は思った。
もうはっきり意思表示しよう。
そして作ったのが、あの張り紙だった。
半分冗談のつもりで作った。
パソコンで作り、コンビニで印刷し、玄関の横に貼った。
すると数日後。
インターホンが鳴った。
モニターを見ると、知らない営業マン。
私はドアを開けた。
男は元気よく言った。
「突然すみません!太陽光発電のご案内で――」
だが途中で言葉が止まった。
男の視線が、玄関の張り紙に止まっている。
男はゆっくり読み上げた。
「インターホン……3300円?」
私は静かに言った。
「はい。」
男は苦笑した。
「いやいや、冗談ですよね?」
私は首を横に振った。
「いえ、料金表です。」
男は少し困った顔になった。
「いや、でもさっき押しただけですし…」
私は言った。
「インターホン一回、3300円です。」
男の笑顔が消えた。
「いや、そんなの払うわけないじゃないですか。」
私は小さくうなずいた。
「そうですか。
」
そして続けた。
「では今は対面対応ですね。」
男は一瞬、意味が分からない顔をした。
私は張り紙を指差した。
「対面対応、5分55000円。」
男の顔色が一気に変わった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私は淡々と言った。
「もう話していますよね?」
男は慌てて言った。
「いやいやいや!そんなの無効でしょう!」
私は張り紙の一番下を指差した。
「支払い拒否は警察へ通報します。」
玄関の空気が、一瞬で凍った。
男は黙り込んだ。
張り紙と私の顔を交互に見る。
数秒の沈黙。
そして――
「……失礼しました。」
さっきまで強気だった営業マンは、早足で帰っていった。
私はドアを閉めた。
それから数週間。
不思議なことが起きた。
訪問販売がほとんど来なくなった。
ゼロではない。
だが明らかに減った。
ある日、近所の人に声をかけられた。
「玄関の張り紙、見たよ。」
私は少し恥ずかしくなった。
「やりすぎですかね。」
するとその人は笑った。
「いや、あれいいよ。」
「うちも貼ろうかな。」
どうやら、みんな同じことで困っていたらしい。
確かに営業の人たちも仕事だろう。
それは分かる。
でも――
突然家に来て断っても帰らず何度もインターホンを押す。
それは営業じゃない。
ただの迷惑だ。
玄関の張り紙は、今日もそこに貼ってある。
一番下には、こう書いてある。
「※PayPay対応可」
半分冗談で書いた一行だ。
でもそのおかげか――
今日も、うちのインターホンは静かなままだ。