「……え、これ、出られないやつだ」
博多から東京へ向かう新幹線。
私は窓側のA席に座った瞬間、膝が固まった。
隣の通路側に座ってきた男性が、スーツケースを3つも持ち込んでいた。
ひとつは足元に横置き、もうひとつは通路側に斜め、さらに上着と紙袋まで重ねて、私と通路の間に“壁”ができている。
足を伸ばすどころか、膝を閉じるのも難しい。
私は小さく息を吸って、できるだけ丁寧に言った。
「すみません、もしよかったら…お荷物、少しだけ寄せていただけますか?」
男性はスマホから目を離さず、鼻で笑うみたいに言った。
「まだ先でしょ。大丈夫大丈夫」
その“軽さ”に、胸がきゅっと縮んだ。
私は地方から出てきた。今日の東京は、ただの旅行じゃない。
人生を懸けた試験がある。落ちたら、また一年、地元で働きながらやり直しだ。
でも、車内で揉めたくなかった。
こういう時、日本では「我慢した方が丸く収まる」って、私も分かってる。
だから、何も言えずに座り直した。
時間が進むほど、焦りが胃の奥に沈んでいく。
窓の外の景色より、私は何度も時計を見ていた。
頭の中で、乗り換えの時間、会場までの道、受付の締切…数字がぐるぐる回る。
そして、車内アナウンス。
「まもなく、東京です」
血の気が引いた。
私は背中のリュックを背負い、立ち上がった。
…なのに、目の前には相変わらず“行李の壁”。
「すみません、降ります。通してもらえますか?」
男性はやっと顔を上げた。
眉をしかめて、まるで私が悪いみたいに言う。
「窓側選んだの、そっちでしょ。到着してから動けば?」
その言葉で、何かがぷつんと切れた。
私が困ってるのは“わがまま”じゃない。
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