ドアが閉まった瞬間、まず「臭っ」ってなった。
香水とかじゃない。もっと現実的なやつ。油とタレと、温かい米の匂いが混ざった、あの弁当臭。
視線を落としたら、座席の足元――床の上に、食い散らかした弁当の容器とスープのカップ。
しかも一個じゃない。複数。トレーまである。
いや、ここ車内だよ? ピクニック会場じゃないよ?
近くの席に座ってる数人が、ゲラゲラ笑いながら食ってた。
口の中に入れたまま喋る。ポロポロ落とす。
床に落ちても拾わない。
そして食い終わったら、容器を「はい終了」みたいに足元へ。ドン。
……マジで「は?」だった。
周りも迷惑してるのが分かる。
鼻を押さえる人、窓の方を向く人、露骨に席を立って移動する人。
でも誰も言わない。電車ってそういう空気ある。
“触れたら面倒”って空気。
で、そういう空気を一番うまく利用するのが、こういうタイプ。
我慢できなくて、俺は一回だけ、めちゃくちゃ普通に言った。
「すみません、ゴミ…持って帰ってもらえます? 臭いもあるし」
返ってきたのは反省じゃなくて、鼻で笑った顔。
そして一言。
「関係ないでしょ」
……関係、あるに決まってんだろ。
こっちは同じ車内で同じ空気吸ってんだよ。
公共の場所でゴミを床に放置して、何が“関係ない”だよ。
でもさ、こういう時に感情で殴り合うと、負ける。
相手は“揉めるのが得意”な顔してる。
こっちは“普通に暮らしたいだけ”なんだよ。
だから俺は、その場で悟った。
口で勝とうとしない。証拠で勝つ。
俺はスマホを出した。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください