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「あなたが壊したんですよね?」通勤中、子連れ女性に外れたチェーン修理を頼まれ、急いでいたが素手で直し手は真っ黒。時間がかかると言うと「早く」と急かされ、思わず「は?」となった。
2026/02/25

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「あなたが壊したんですよね?」

手を洗う暇もなかった。真っ黒に汚れた指先を見下ろしていた、その瞬間だった。

さっきまで「すみません、助けてください」と言っていた女性が、眉をひそめて私を睨んでいた。

――は?

時間を少し巻き戻す。

朝8時前。通勤ラッシュ。信号待ちをしていた私に、保育園くらいの子どもを乗せた自転車の女性が声をかけてきた。

「チェーン外れちゃって…直せますか?」

正直、急いでいた。でも断れなかった。

軍手もない。ティッシュもない。「何か汚れてもいい布ありますか?」と聞いたら、

「ないです」

即答だった。

仕方なく、素手で触った。ギアの一番外側にがっつり噛み込んでいる。指を差し込むたび、黒い油が広がる。

「ちょっと時間かかるかもしれません」

そう言った瞬間。

「急いでるんですけど、早くしてもらえません?」

その一言で、何かが冷えた。

それでも、最後までやった。なんとか戻した。手はもう真っ黒だった。

「ありがとうございました」

一応、そう言って彼女は走り出した。

――そして10秒後。

ガチャッ。

またチェーンが外れた。

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彼女は自転車を引き戻してきて、私の前に止めた。

そして冒頭の一言だ。

「あなたがちゃんと直してないからですよね?」

思わず笑いそうになった。

「いや、これはチェーン自体がかなり摩耗していて――」

「でもさっきまで普通に乗れてたんですよ?触ったのはあなたですよね?」

声が大きくなる。

通勤途中の人たちが足を止める。でも誰も口は出さない。日本らしい沈黙。

「修理代、どうするつもりですか?」

……来た。

まさかの“賠償要求”。

私は深く息を吸った。

怒鳴らない。焦らない。

「では、もう一度そのまま乗ってみてください。私は触りません」

そう言って、距離を取った。

彼女は不満げにまた乗る。

ガチャッ。

3メートルも進まないうちに、また外れた。

周囲から小さなざわめきが起こる。

私は静かに言った。

「後ろの変速機、曲がってますよ。チェーンも伸びています。これは触ったからではなく、消耗です」

彼女は黙った。

しかし、引き下がらない。

「でもあなたが触ったあとに悪化したんです!」

その瞬間。

後ろから低い声がした。

「いや、それは無理あるだろ」

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振り返ると、スーツ姿の男性が腕を組んで立っていた。

「俺、昔自転車屋でバイトしてたけど、それ完全に寿命」

別の人も小さく頷く。

空気が変わった。

さっきまで私一人が“加害者”扱いだったのに、今は彼女が説明を求められる側になっていた。

「触ってない状態でも外れましたよね?」

誰かが言った。

彼女の顔が赤くなる。

子どもが後ろで不安そうに私を見ている。

彼女はしばらく何か言おうとして、やめた。

「……もういいです」

そう吐き捨てて、自転車を押して歩き出した。

その背中に、さっきの男性が一言。

「助けてもらったんだから、まずはそこだろ」

彼女は振り返らなかった。

周囲の人たちは何事もなかったように散っていく。

私は手を見る。

黒い油。落ちない。

隣にいた男性が、軽く肩を叩いた。

「災難でしたね。優しいと損すること、あるよな」

私は苦笑いした。

信号が青に変わる。

会社には遅刻だ。

でも、さっきより気持ちは軽い。

私はポケットからウェットティッシュを取り出した。――最初から持っていた。

本当は、自分用だった。

拭きながら、ひとり呟いた。

「善意って、任意なんだよな」

そして私は歩き出した。

あの朝、学んだことは一つだけ。

助けるかどうかは自由。

でも、最後まで背負う義務はない。

それだけだ。

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