新横浜で乗ってきた男が、無言で私の目の前に汗臭いジャケットを掛けた。
B席のくせに、A席の私の前に。
視界が布で塞がれて、空気まで奪われる感じ。
一瞬で分かった。これ、たぶん“謝らない人種”だ。
は?って、心の中で短く鳴った。
私は仕事の都合で、もう10年くらい週1〜2回は東京↔新大阪を往復している。
新幹線のマナーなんて、教科書を読まずとも身体が覚える。
荷物は自分の範囲。人のスペースには一言。
それが“普通の大人”の最低ラインだと思ってた。
…今日までは。
臭いがきつい。汗と古い整髪料が混ざったような、逃げ場のない匂い。
しかも吊り下げた位置が絶妙に悪い。
私のテーブルの上、私の呼吸の高さ。
まるで「ここは俺が使う」と宣言するみたいに。
言うしかない。
でも、声を荒げる必要はない。
こういう相手は、こちらが感情を出した瞬間に「ほら面倒な女」ってラベルを貼ってくる。
私はその“逃げ道”を与えたくなかった。
私は顔色ひとつ変えずに、静かに言った。
「ここ、私の前のスペースです。ご自分の側に掛けてください」
男は、ほんの少し首だけこちらに向けて、鼻で笑った。
その笑い方がもう、答えだった。
「フック一つだろ?そんなに神経質になる?」
空気が、一段冷える。
車内って不思議で、声を荒げなくても温度が変わる瞬間がある。
いまがそれ。
“フック一つ”。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]