朝の通勤時間だった。
私はいつも通り車を運転していた。
特に変わったこともなく、信号待ちで赤信号に引っかかった時だった。
突然、運転席の窓をコンコンと叩かれた。
思わず肩が跳ねた。
振り向くと、50代くらいの見知らぬ男性が立っている。
「えっ……何?」
正直、一瞬身構えた。
最近は物騒なニュースも多いし、知らない人に突然話しかけられることなんてほとんどない。
すると男性は真剣な表情で言った。
「タイヤ、パンクしてるよ。」
私は慌てて車を路肩に寄せた。
そして降りて確認すると、左後ろのタイヤが見事なまでにぺしゃんこになっていた。
「うそ……。」
人生で初めてのパンクだった。
頭の中が真っ白になる。
どうすればいいのか分からない。
JAF?
保険会社?
スペアタイヤ?
何から手を付ければいいのかも分からなかった。
すると男性は自分の車も路肩に停めて降りてきた。
普通なら「パンクしてますよ」と教えて終わりだろう。
ところがその人は、
「JAF入ってる?」
「保険は?」
「スペアタイヤ積んでる?」
と次々に確認してくれた。
私は保険会社の名前すらすぐに思い出せない。
慌てて契約している車屋に電話した。
しかし定休日。
別の車屋にも連絡した。
こちらも休み。
その瞬間、本気で途方に暮れた。
どうしよう。
このまま動けない。
そんな私を見て、男性は一言、
「まあ落ち着いて。」
そう言うと、自分の車から電動空気入れを取り出した。
そして慣れた手つきでタイヤに空気を入れ始めたのだ。
私は驚いた。
なぜそんなものを持っているのか。
しかも操作が異常に慣れている。
不思議に思っていると、
「私、日産なんですよ。」
と笑った。
なるほど。
だから詳しいのか。
だから落ち着いているのか。
全部納得した。
空気を補充した後、その男性は言った。
「近くの日産まで行きましょう。」
私は半信半疑のまま後ろをついて行った。
到着したのは最寄りの日産販売店。
しかし時計を見ると、まだ営業時間前だった。
「さすがに今日は預けるだけかな……」
そう思った次の瞬間だった。
男性は店を開けると、別のエンジニアさんまで呼んでくれた。
二人でタイヤを確認し始める。
数分後、
「あった。」
そう言って見せてくれたのは、タイヤに深く刺さった鉄片だった。
原因はこれだった。
私は交換になるのかと覚悟した。
ところがエンジニアさんは、
「これは修理で大丈夫ですよ。」
と言った。
作業はあっという間だった。
本当に5分程度。
そして修理が終わった後に告げられた金額は、
たった1500円。
私は思わず聞き返した。
「本当にそれだけですか?」
高額請求どころか、必要な修理だけをしてくれたのだ。
営業時間前にもかかわらず。
見ず知らずの私のために。
朝、突然窓を叩かれた時は正直怖かった。
でももしあの時、その男性が声を掛けてくれなかったら。
私はもっと危険な状況になっていたかもしれない。
タイヤのパンクよりも印象に残ったのは、人の優しさだった。
世の中には嫌なニュースもたくさんある。
それでも、見知らぬ誰かのために立ち止まり、自分の時間を使って助けてくれる人がいる。
あの日の朝、私はパンクしたタイヤ以上に大切なものを見た気がした。
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