仕事を終えて帰ってきた時点で、私はもう限界だった。
朝からずっと動きっぱなし。
買い物袋は重いし、足はだるいし、頭の中は「早く風呂に入りたい」でいっぱいだった。
家の近くの駐車場に差しかかる。
いつもの自分の区画。
毎月ちゃんとお金を払って借りている場所。
そこに車を入れて、今日という一日を終わらせる。
……はずだった。
ところが、角を曲がった瞬間、視界に白い車が入った。
私の区画に、見知らぬ車が停まっていた。
堂々と。
まるで昔からそこに住んでいる顔で。
私は一瞬、固まった。
「え?」
ナンバーを見る。
知らない。
車種も知らない。
当然、来客の予定もない。
私の場所に、他人の車が、当たり前みたいに収まっている。
疲れた体に、怒りだけがすっと戻ってきた。
「人の駐車場に無断で停めてやがる……」
声に出た。
小さい声だったけれど、自分でも驚くくらい冷たかった。
こういう人は、たぶん軽く考えている。
ちょっとだけ。
すぐ戻るから。
空いてたから。
夜だしバレないから。
でも、その「ちょっとだけ」の間、こちらは自分の場所を使えない。
荷物を持ったまま立ち尽くす。
予定が狂う。
疲れた体に、余計な怒りを積まれる。
勝手に停めた側は一台分の場所を借りただけのつもりかもしれない。
でも、勝手に奪われた側からしたら、その日の最後の平穏まで持っていかれている。
私はしばらく白い車を見ていた。
電話番号の紙もない。
メモもない。
謝罪の気配もない。
ただ、無断駐車だけがある。
その瞬間、私の中で何かが静かに決まった。
怒鳴らない。
探し回らない。
待たない。
こちらもこちらの車を、できる限り近くに停めることにした。
もちろん、自分の敷地内。
自分の駐車スペースの周辺。
相手が簡単には出られないように、ぴったりと寄せた。
ベタ付け。
我ながら、なかなかの仕上がりだった。
白い車は、出ようと思えば相当な技術が必要な状態になった。
私は車を降りて、少し離れて眺めた。
きれいに詰んでいる。
まるで駐車場版の詰将棋だ。
勝手に一手目を打ったのは向こう。
なら、二手目くらいはこちらが打ってもいいだろう。
もちろん、これで完全に気分が晴れたわけではない。
むしろ、なんで私がこんなことを考えなきゃいけないんだ、という怒りのほうが大きかった。
普通に帰ってきて、普通に停めて、普通に家に入る。
それだけのことが、見知らぬ誰かの雑な判断で台無しになる。
無断駐車の腹立たしさは、そこにある。
私はスマホを取り出した。
写真を撮った。
ナンバーも控えた。
念のため、時間も記録した。
後で何か言われても困らないように。
そして、家に入った。
玄関のドアを閉めた瞬間、ようやく息が抜けた。
でも、まだ少し腹が立っている。
たぶん、持ち主は戻ってきたら驚くだろう。
「出られない」
そう思うはずだ。
その時に、少しでも考えてほしい。
自分が停めた場所は、本当に停めていい場所だったのか。
誰かが使うはずの場所を、勝手に奪っていなかったか。
自分が困った時だけ被害者の顔をする前に、先に困らせた相手がいることを。
私はスマホを見た。
知らない番号から電話が来ても面倒だ。
通知が鳴っても気分が悪い。
だから、迷わずマナーモードにした。
今日はもう相手の都合に付き合う気はない。
勝手に停めた人の「すみません、出たいんですけど」に、深夜まで即対応する義務はない。
私の一日は、すでに十分削られている。
布団に入りながら、少しだけ笑った。
明日の朝、どうなっているかは分からない。
謝ってくるのか。
焦るのか。
それとも管理会社経由で連絡が来るのか。
でも一つだけ言える。
他人の駐車場は、無料の仮置き場ではない。
「ちょっとだけ」のつもりで置いた車が、「ちょっとじゃ済まない」夜を連れてくることもある。
私は布団をかぶった。
スマホはマナーモード。
心もマナーモード。
おやすみ。