レンタカーを返しただけなのに、最後に五万円払わされるとは思わなかった。
あの日、私はただ車を返しに行っただけだった。
本当に、それだけだった。
旅行でもなく、特別な用事でもなく、ちょっと車が必要で借りただけ。
借りた時も、返す時も、私はできるだけ丁寧に扱ったつもりだった。
ぶつけた記憶もない。
擦った感覚もない。
狭い道でヒヤッとしたこともなかった。
だから、返却場所に着いた時の私は、完全に気が抜けていた。
「ああ、これで終わりだ」
そう思っていた。
でも、終わりじゃなかった。
店員が車の後ろにしゃがみこんで、数秒黙ったあと、指である場所を示した。
「ここ、傷ありますよね」
私は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
後ろのバンパーの端。
たしかに、うっすら擦れたような跡がある。
でも、そんなもの、私は見た覚えがなかった。
「え?」
思わずその一言しか出なかった。
店員は、いかにも“見つけました”みたいな顔で、その部分をもう一度指さした。
「返却時点で傷が確認できましたので」
「これは修理対応になります」
空気が一気に変わった。
さっきまでただの返却手続きだったのに、急に私は“傷をつけた側”になっていた。
私はその場で何度も言った。
「いや、これ、元からあったかどうかわからないです」
「私はぶつけた記憶ないです」
「借りた時には確認してなくて……」
でも、その言葉はどれも弱かった。
自分でもわかっていた。
“ぶつけた記憶がない”は、“ぶつけていない証拠”にはならない。
“元からあったかもしれない”も、“元からあった証明”にはならない。
そして、私はその証拠を何一つ持っていなかった。
借りる時、車の周りをぐるっと見たつもりではいた。
でも、スマホで写真なんて撮っていなかった。
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