「これ、さすがに多くない?」
最初にその一覧を見たとき、私は普通に手が止まった。
2023年から2026年まで、全国の養豚場火災がずらっと並んでいる。
宮崎、千葉、新潟、鹿児島、群馬、山形、島根、神奈川、愛知、鳥取、北海道、宮城。
しかも一件や二件ではない。
日付と場所が並んでいるだけなのに、妙に重い。
普段、スーパーで何気なく豚肉を買っている。
値札を見て、
「今日は高いな」
「こっちの方が安いな」
そのくらいの感覚で選んでいる。
でも、その裏には毎日世話をしている人がいて、設備を動かしている人がいて、早朝から現場に立っている人がいる。
そこが燃えた。
そう考えた瞬間、ただのニュース一覧には見えなくなった。
怖いのは火だけじゃない。
もっと怖いのは、その下につくコメントだった。
「これは絶対に誰かの仕業だろ」
「ある集団が関係してるに決まってる」
「見れば分かる」
いや、分からない。
分かるわけがない。
現場を見たわけでもない。
消防の発表を読んだわけでもない。
警察の説明が出たわけでもない。
それなのに、画像一枚を見ただけで、いきなり誰かを決めつける。
その空気に、私は一番ゾッとした。
もちろん、ここまで件数が並べば不安になる。
「偶然で片づけていいのか?」
「設備の問題はないのか?」
「同じような環境で、同じようなトラブルが起きていないのか?」
そう考えるのは当然だと思う。
むしろ、そこはちゃんと調べてほしい。
養豚場は、ただの建物ではない。
動物がいて、餌があり、暖房や換気もある。
電気設備もある。
乾燥したものも多い。
夜中や早朝に異変が起きたら、発見が遅れることもある。
外から見ている私たちが思うより、管理はずっと大変なはずだ。
だからこそ、必要なのは怒鳴ることじゃない。
決めつけることでもない。
原因の確認。
再発を防ぐ仕組み。
現場への支援。
そこだと思う。
私は一度、コメント欄にこう書いた。
「誰のせいかを決める前に、まず原因を公表してほしい。現場の人を守る話をしませんか」
すると、すぐに反応が来た。
「きれいごとだ」
「甘い」
「分かってない」
そう言われた。
でも、その数分後に別の人が書いてくれた。
「たしかに。まだ何も分かってない段階で叩くのは違う」
その一言で、少し空気が変わった。
さらに、養豚関係の仕事をしているという人が出てきて、
「農場の火災対策は本当に難しい。設備点検も人手もお金も必要。外から簡単に言わないでほしい」
と書いていた。
私はそれを読んで、やっぱりそこだと思った。
現場を知らない人ほど、話を簡単にする。
誰かを悪者にすれば、分かった気になれる。
強い言葉を使えば、正しいことを言っている気になれる。
でも、それで何が変わるのか。
次の火災を防げるのか。
現場の人を救えるのか。
たぶん、何も変わらない。
むしろ、必要な話が見えなくなる。
今回の一覧を見て、本当に考えるべきなのは、
「どこの誰が怪しいか」
ではない。
「なぜ同じような現場で火災が続くのか」
「対策に必要なお金や人手は足りているのか」
「行政はどこまで把握しているのか」
「消費者として、私たちは現場の負担を知らなすぎるのではないか」
そこだと思う。
豚肉が食卓に並ぶまでには、当たり前だけど誰かの仕事がある。
朝も夜も、休日も、気温が高い日も低い日も、世話をしている人がいる。
その場所が一瞬で失われる。
それは、現場の人にとってどれほどきついことか。
想像したら、軽々しく笑えない。
軽々しく決めつけられない。
SNSは怖い。
一枚の画像で、怒りが一気に広がる。
でも同時に、流れを戻すこともできる。
「待て」
「まだ分からない」
「まず確認しよう」
その一言を、誰かが書くだけでいい。
派手ではない。
バズりにくい。
でも、必要な一言だと思う。
私は今回の一覧を見て、不安になった。
正直、今も気持ち悪さは残っている。
ここまで並ぶなら、きちんと調べてほしい。
関係機関には、分かっていることをできるだけ早く説明してほしい。
農場側だけに負担を押しつけず、設備点検や防火対策を支える仕組みも考えてほしい。
でも、それと根拠のない決めつけは別の話だ。
不安だからこそ、雑に叩かない。
怖いからこそ、確認する。
怒っているからこそ、現場を守る方向に向ける。
それができないと、結局また同じことを繰り返す。
誰かを叩いて終わり。
数日後には忘れる。
そしてまた次の火災で騒ぐ。
そんな流れ、もうやめた方がいい。
本当に守るべきなのは、コメント欄の気持ちよさじゃない。
食を支えている現場だ。
私はそう思う。
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