韓国で生まれた彼女は、19歳のときにMBCのオーディションに合格し、芸能界デビューを果たした。華やかな世界に飛び込んだ当初から、派手に騒がれるタイプというより、静かに実力を積み上げていく女優だったと言われている。1995年の作品で注目を集め、少しずつ名前を広げながら、着実にキャリアの階段を上っていった。
大きな転機となったのは2002年の『冬のソナタ』だ。ペ・ヨンジュンとの共演は韓国だけでなく日本にも熱狂を生み、結果として“偶然”にも近い形で韓流ブームが一気に広がった。最終回が放送された2004年には、成田空港に数千人規模のファンが集まったとも言われ、ドラマの枠を越えた社会現象へと発展していく。ひとつの作品が人々の生活や感情の流れまで変えてしまう――その中心にいたのが彼女だった。

翌2003年の『天国の階段』では、涙の演技が視聴者の心を強く揺さぶり、「泣いた分だけ視聴率が上がる」とささやかれたほどだ。こうして“涙の女王”という称号を得た一方で、人気絶頂の裏側にはプレッシャーもあった。主演映画の交代、役柄の固定化、期待されるイメージからの脱出の難しさなど、トップスターならではの葛藤が重なり、迷いの時期を経験したとも伝えられる。注目が集まるほど、自由は狭くなる。それでも彼女は、派手に弁明するのではなく、目の前の仕事と向き合い続けた。
そして、彼女が強く支持される理由は、画面の中だけではない。社会的な出来事に対しても行動で示してきた。新潟県中越地震や東日本大震災の際には多額の義援金を寄付し、言葉よりも実際の支援を選んだ姿勢が評価されている。善意を“アピール”に変えず、必要な場所へ静かに届ける。その積み重ねが、長い年月をかけて信頼になっていった。

プライベートでは2018年に一般男性と結婚し、2020年には45歳で第一子を出産した。年齢に関する偏見や不安が語られやすい中で、彼女の選択は多くの人に現実的な希望を与えた。「高齢出産のアイコン」と呼ばれることもあるが、それは単なる話題性ではなく、人生のタイミングを自分で引き受けた姿が支持されているからだろう。母となった後も、彼女は自分のペースで仕事と家庭のバランスを築き、韓国国内では“ママタレント”としても高い評価を受けているという。
近年は女優として活躍を続ける一方、国際的なイベントや公演などにも登壇し、活動の幅を広げている。
かつてのブームの象徴として語られるだけでは終わらず、人生の節目ごとに役割を更新し続けているところが、今の彼女の強さだ。若さや流行だけで残るのではなく、時間を味方にして魅力を深めていくタイプの人間は確かに存在する。
結局のところ、彼女の“現在”が注目されるのは、過去の栄光を懐かしむためだけではない。ブームの中心にいながら、迷いを抱え、支え、選び直し、また前へ進む――その歩みが、見る人の人生とどこかで重なるからだ。ドラマで涙を流していた彼女は、現実の世界でも人の心に寄り添いながら、自分の人生を丁寧に生きている。だからこそ、画面の向こうの私たちは今でも彼女の姿を追い、変化の続きを見届けたくなるのかもしれない。