大学4年の秋。
私は第一志望の会社から内定をもらいました。
ずっと入りたかった会社です。
悩んだ末に、すでに内定をいただいていた別の会社を辞退することにしました。
迷惑をかけるのは分かっていました。
だからメールだけではなく、自分で電話をかけました。
「大変申し訳ありませんが、内定を辞退させていただきます」
担当者は少し残念そうでしたが、
「分かりました」
と言って電話は終わりました。
これで終わったと思っていました。
ところが翌日からです。
知らない番号から電話がかかってくるようになりました。
最初は偶然だと思いました。
でも違いました。
昼休み。
帰宅中。
夜。
また電話。
しかも出ないと何度もかかってきます。
スマホを見ると、
非通知。
非通知。
非通知。
非通知。
画面には同じ文字が並んでいました。
さすがに不気味になり電話に出ました。
すると聞こえてきたのは、
あの会社の担当者の声でした。
「本当に辞退するつもり?」
私は驚きました。
「はい。何度も申し訳ありませんが、気持ちは変わりません」
そう答えると、
担当者の態度が急変したのです。
「不義理だと思わないの?」
「君みたいな人間は社会ではやっていけないよ」
「そんなことだから信用されないんだよ」
私は言葉を失いました。
内定辞退は申し訳ない。
でも人格を否定される筋合いはありません。
それから担当者の説教は続きました。
「どこの会社に行くの?」
「どうせ後悔するよ」
「社会を甘く見てるね」
私は途中からスマホの録音を開始しました。
担当者は気付いていません。
延々と説教を続けます。
十分でした。
私は静かに言いました。
「ちなみに今の会話、録音しています」
電話の向こうが沈黙しました。
さっきまで威勢の良かった声が消えたのです。
数秒後。
担当者は慌てたように言いました。
「いや、そういう意味じゃなくて……」
私は答えました。
「内定辞退については謝罪しました。でも人格否定を受ける理由はありません」
そう言って電話を切りました。
翌日。
私は大学のキャリアセンターへ向かいました。
録音データと着信履歴を見せると、
担当職員は眉をひそめました。
「これは問題ですね」
その場で会社へ連絡してくれることになりました。
数日後。
今度は別の番号から電話がかかってきました。
会社の人事責任者でした。
「この度は弊社社員の不適切な対応により、不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
正式な謝罪でした。
さらに、その担当者は採用業務から外されることになったそうです。
私は電話を切った後、心の底から思いました。
内定辞退をしたことに後悔はありません。
むしろ、あの電話のおかげで確信しました。
もしあの会社に入社していたら、
毎日あの担当者のような人と働くことになっていたかもしれない。
そう考えると、
辞退は間違いなく人生で正しい選択だったのです。
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