「エントランスの警備員さん、毎回“お疲れさまです”とか“お気をつけて”とか、いちいち声をかけないでほしい。正直、耳障りです。」
その紙を見た瞬間、私は怒るより先に、目を疑った。
え、そこまで言う?
今どき、そんなことで本気で苦情を入れる人がいるの?
うちのマンションの入り口には、年配の警備員さんがいる。
特別目立つ人ではない。背筋も少し丸くて、話し方も穏やかで、どちらかと言えば地味な人だ。
でもその人は、住人が通るたびに必ずひと言声をかけてくれる。
「いってらっしゃい」
「お帰りなさい」
「お気をつけて」
「お疲れさまです」
たったそれだけ。
それだけなのに、不思議とあの人の声があるだけで、無機質なマンションの空気が少しだけ柔らかくなっていた。
正直に言えば、最初から私はそれを特別なことだと思っていたわけじゃない。
毎日顔を合わせて、毎日同じような挨拶を聞いて、なんとなくそこにあるものとして受け取っていた。
けれど、なくなりそうになった瞬間に初めてわかった。
あれはただの挨拶じゃなかった。
あの場所に残っていた、数少ない“人間らしさ”だった。
その日、エントランスの掲示板に貼られていたのは、「お客様の声」と書かれた一枚の紙だった。
そこには丁寧な言葉で、でもはっきりとこう書かれていた。
車の出入り口のガードマンが、通る人一人ひとりに「お帰りなさい」「ごくろうさま」「お気をつけて」などと声をかけているが、非常に耳障りなのでやめてほしい、と。
私はしばらくその場で立ち尽くした。
耳障り?
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引用元:https://x.com/Kshi_nippon/status/2031384330115616920,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]