子どもの頃、街で見かける「逆さまの本」の看板に、なんとも言えない引っかかりを覚えた人は多いのではないでしょうか。
本屋の看板なのに、どうして「本」の字だけ逆さまなのか。大人に聞いてもなんとなく流されて、そのまま忘れていた――そんな記憶が、この一枚の写真をきっかけに急によみがえる感じがあります。
今回あらためて話題になったのは、札幌市厚別区にあった建物屋上の巨大看板です。SNSでは「子供の頃、本屋の看板が逆さまになってる意味が分からんかった」という投稿が注目を集め、ニュースにも取り上げられました。記事によると、この看板は現在はすでに撤去されており、投稿者は5年ほど前に撮影した写真を公開したそうです。さらに、建物1階にはかつてアダルト系の本やDVDなどを扱う店が入っていたと紹介されています。
このニュースが面白いのは、「あの看板、ずっと気になってた」という人たちの記憶を一気に呼び起こしたことです。看板そのものはただの広告なのに、子どもの頃に見た違和感は、案外ずっと頭の片隅に残っている。
しかも大人になってから理由を知ると、「そんなことだったのか」と妙に腑に落ちる。この“長年の小さな謎が解ける感覚”こそが、多くの人の共感を呼んだのだと思います。
では、なぜ逆さまだったのか。
ここは少し慎重に言う必要があります。ニュース記事の中でも、理由は断定ではなく「一説として」と紹介されています。それによれば、一般的な本屋ではなく、いわゆるアダルト系・裏本系のイメージを示すために、あえて「本」を逆さまにしたという話があるそうです。つまり、普通の書店とは少し違う、どこか“意味深”な店であることを、一目で伝えるための視覚表現だったという見方です。
一方で、ネット上では別の説も語られています。たとえば「本が降る」から「古本(ふるほん)」を連想させる語呂合わせだ、という説明です。ただし、こちらはニュース取材で裏付けられた公式説明というより、SNSや周辺記事で広まっている解釈に近いものです。だからこそ、この逆さ看板には少しだけ余白が残る。
完全に説明しきれないからこそ、余計に人の記憶に残るのかもしれません。
私はこういう話を聞くと、昔の街の看板は今よりずっと“語っていた”のだと感じます。
今の広告は、わかりやすく、整っていて、誤解がないことが重視されます。もちろんそれは大事です。でも、昔の看板には少しだけいたずら心があった。見た瞬間に意味がわからない、でも妙に忘れられない。そんな引っかかりが、街の風景を単なる背景ではなく「記憶」へ変えていたのだと思います。
逆さまの「本」は、その象徴のような存在です。
子どもの頃には意味がわからず、大人になってニュースで理由を知って、ようやく腑に落ちる。けれど同時に、全部わかってしまうと少し寂しい気もする。あの看板には、昭和や平成の街角にあった雑多さ、少し怪しげで、少しユーモラスで、でも確かに人を引きつける力がありました。
たった一文字を逆さまにしただけ。
それなのに、何十年も人の記憶に残り、今になってまたニュースになる。看板としては、むしろ大成功だったのかもしれません。
子どもの頃の「なんで?」が、大人になって「なるほど」に変わる。そんな瞬間は、少しだけうれしいものです。
引用元:https://x.com/p_ribon_p/status/2029870339078119906,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]