母が皿を包むのに使っていた古新聞が、まさか終戦から5日後の一面だった
実家の片づけなんて、どうせ古い食器や着なくなった服、もう使わない家具ばかりだと思っていた。売れるものなんてほとんどないし、最後は「これは捨てる、これは残す」と淡々と仕分けして終わる。そんな、どこにでもある一日のはずだった。
その時、私は床にしゃがみこんで、食器棚の奥から出てきた皿を一枚ずつ新聞紙からほどいていた。紙はもう茶色く変色していて、少し力を入れただけで裂けそうなほど乾いていた。正直、最初はただの古紙だと思った。こういうのは中身を見もしないで丸めて捨ててしまうことが多い。だからその時も、ほとんど無意識に手の中でくしゃっと潰しかけた。
でも、ふと目に入った日付で手が止まった。
昭和二十年八月二十日。
え、と思った。息が止まるってこういうことかもしれない。頭の中で日付を何度も読み直した。昭和二十年。八月二十日。終戦から、たった五日後。しかもそれは《福井新聞》の一面だった。
さっきまで「包み紙」にしか見えていなかったものが、一瞬で別のものに変わった。
ただの古新聞じゃない。あの時代を、あの数日を、実際に通り抜けた紙だった。
私は慌てて親戚に見せた。こんなの、そう簡単に出てくるものじゃないかもしれない。少なくとも私には、ただのゴミには見えなかった。けれど返ってきたのは、拍子抜けするほど冷たい一言だった。
「そんなの破れた古新聞でしょ。捨てたらいいやん。邪魔になるだけ」
その瞬間、胸の奥が一気に熱くなった。
たぶん相手に悪気はなかったんだと思う。ただ早く片づけを終わらせたかっただけ。古い家には、判断に困るものが次々出てくるし、一つひとつ立ち止まっていたら日が暮れる。そんな理屈はわかる。わかるけど、それでも腹が立った。
私には、目の前の一枚が「破れた紙」には見えなかったからだ。
そこに刷られていたのは、戦争が終わった直後の空気だった。治安を維持しろ、混乱を防げ、これから再建しなければならない――。言葉は整っているのに、その行間には明らかに動揺がにじんでいた。何が終わって、何が始まるのか、まだ誰もちゃんとわかっていない。けれど止まるわけにもいかない。そんな時代の、むき出しの息づかいがそこにあった。
読み進めるほど、背中がぞくっとした。
歴史の教科書には「終戦」と一行で書かれる。でも現実は、その一行のあとにすぐ平穏が来たわけじゃない。その五日後を生きていた人たちは、きっとぼんやりした希望と、どうしようもない不安を同時に抱えていたはずだ。この新聞には、その不安も、体裁を保とうとする必死さも、そのまま残っていた。
それを「どうせ価値がない」「場所を取るだけ」で捨てろと言われて、黙っていられるほど私は大人じゃなかった。
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引用元:https://www.facebook.com/akira.shimizu.1800/posts/pfbid02dk6n4fnBd84yJFTatcYyRZzcoREsSraWQavWxdrDc8iFLNFj9fGkKRH3ZiPDURDMl,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]