阪急電車に乗った瞬間、私は思わず二度見した。
車内には立っている人がいる。
吊り革につかまって揺れている人もいる。
なのに、目の前の女性は、自分の隣の空席にバッグを二つ、当然のように置いていた。
まるで、その座席まで自分のものだと言わんばかりに。
本人はスマホを見たまま、顔ひとつ上げない。
足を組み、膝の上にもバッグ。
隣の座席にもバッグ。
いや、そこは荷物置き場じゃない。
人が座る場所だ。
私は最初、黙っていた。
こういう時、声をかけるのは少し勇気がいる。
変に絡まれたら嫌だし、周りから「面倒な人」と思われるかもしれない。
でも、目の前には明らかに座れそうな人が立っている。
高齢の方もいたし、荷物を持った人もいた。
その人たちが、空席を見ながら立っている。
そして、その空席には人ではなく、バッグが座っている。
何駅か我慢したけれど、やっぱり見過ごせなかった。
私はできるだけ穏やかな声で言った。
「すみません。荷物を置くと、他の方が座れないですよ?」
女性はゆっくり顔を上げた。
目が合った。
けれど、申し訳なさそうな表情は一切ない。
むしろ、なぜ自分が注意されているのか分からない、という顔だった。
そして、彼女はこう言った。
「私は電車賃を払ってるんですけど」
一瞬、車内の音が遠くなった気がした。
え?
今、なんて?
私は電車賃を払ってる?
それはそうでしょう。
私も払っている。
隣の人も払っている。
立っている人も払っている。
なんなら、この車両にいる人は全員払っている。
でも、そのバッグは払っていない。
私は思わず笑いそうになった。
でも、ここで笑ったらただの喧嘩になる。
だから、私は息を整えて、まっすぐ彼女を見た。
「みんな払っていますよ。だから、座席は人が座る場所なんです」
車内の空気が、少し変わった。
それまでスマホを見ていた人が顔を上げた。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください