「車から25cm以上離れて停めてください」
朝、車に乗ろうとしてワイパーに挟まっていた紙を見た瞬間、思わず笑ってしまった。
……は?
25cmって、なにその謎ルール。
前にも一度、同じような紙を挟まれていた。
これで二回目。
でもまず確認したのはそこじゃない。
私は自分の車を一歩引いて見た。
――白線、完全に内側。
はみ出してない。
むしろギリギリまで寄せてるくらいだ。
私の車は少し大きめで、この駐車場、正直かなり狭い。
でもその中でも、できる限りちゃんと収めてる。
これ以上寄せたら?
反対側の車が出られなくなる。
つまり――
「いや、これ以上無理なんだけど?」
紙を見ながら、思わず独り言が出た。
内容を読み返す。
「車が大きくて乗り降りしづらいので、25cm以上離してください」
……いやいやいや。
それ、完全に“あなたの都合”ですよね?
私はルール通りに停めてる。
白線内にきちんと収まっている。
それなのに、「自分が不便だから」って理由で、他人に動かせって?
しかも勝手に人の車触って、ワイパーに紙挟んで。
新車なんだけど。
正直、その時点でちょっとイラっときた。
でも、ここで感情的に動いたら負けだと思った。
だから私はスマホを取り出して、まず写真を撮った。
車の位置、白線、紙の内容――全部。
そして、そのまま管理会社に電話した。
「すみません、ちょっと確認したいことがあって……」
事情を説明して、「25cm以上離れるルールってありますか?」と聞く。
一瞬の沈黙のあと、担当者ははっきり言った。
「そのようなルールは一切ございません」
――やっぱり。
さらに続けて、
「白線内に収まっていれば問題ありません。相手の方が間違っています」
と。
その言葉を聞いた瞬間、心の中でスイッチが切り替わった。
ああ、これ。
“我慢する案件”じゃない。
“きっちり返す案件”だ。
私は念のため、その会話をメモに残し、もう一度車の写真を撮った。
そしてその日の夜。
私は一枚の紙を用意した。
管理会社に確認した内容を、簡潔にまとめる。
「白線内に駐車している場合、距離に関する規定は存在しません」
「車両への接触・紙の挟み込みはお控えください」
余計な感情は入れない。
事実だけを書く。
そして翌朝。
私はその紙を、自分の車のワイパーに挟んだ。
あえて。
“見える場所”に。
さらに、元の紙も一緒に添えた。
――あなたの言ってること、ちゃんと確認しましたよ。
って意味で。
正直、ちょっとだけドキドキした。
でも同時に、スッとした気持ちもあった。
その日以降。
紙は、挟まれなくなった。
あの人の車も、以前より静かに停まっている。
もちろん、私の車に触られることもなくなった。
完全に、止まった。
私は何も怒鳴ってないし、直接文句も言ってない。
ただ、“事実”と“ルール”を置いただけ。
それだけで、十分だった。
帰り際、自分の車に乗り込むとき、ふと思った。
結局こういうのって、
「強く言った人が勝つ」んじゃない。
「正しく確認した人が勝つ」
なんだなって。
そして小さく笑った。
「25cmルール?ちゃんと調べてから言ってね」
そう思いながら、エンジンをかけた。