「これ、500円って何ですか?」
レジ横で、私はピタッと足を止めた。
買い物を終えて、何気なくレシートを見ただけだった。
いつもの流れ。いつもの確認。
――のはずだったのに。
見覚えのない“500円”が一行、しれっと紛れ込んでいた。
「え?」
一瞬、見間違いかと思った。
でも何度見ても、その項目だけどうしても思い出せない。
私はそのままレジに戻って、さっき対応してくれた若いバイトの男の子に声をかけた。
「すみません、この500円って何ですか?」
男の子はレシートを見て、
「え……えっと……」
と固まった。
いや、打ったのあなたでしょ。
そう思いながらも、私は待った。
でも彼は、何も答えられないまま、ただレシートと私の顔を交互に見るだけ。
その間にも、横から声が飛んできた。
「お前の勘違いじゃないの?」
旦那だった。
ああ、出た。
「そんな細かいことで止まるなよ」
「500円くらいでさ」
……は?
私は一瞬、返そうか迷った。
でも今はこっちじゃない。
「すみません、店長さん呼んでもらえますか?」
そう言って、私はその場で待つことにした。
後ろには少し列ができ始めていたけど、そんなの関係ない。
こっちは“確認”してるだけだ。
なのに。
「もういいだろ、帰ろうぜ」
また横から。
うるさいな。
「時間の無駄だろ」
「恥ずかしいって」
――プツン。
そこで、スイッチが切り替わった。
私はゆっくり旦那の方を向いた。
そして、できるだけ低く、感情を全部抜いた声で言った。
「私が確認してるだけです。黙ってもらえますか?」
一瞬、空気が止まった。
旦那は、何か言いかけて――
そのまま、黙った。
やっと静かになった。
数分後、店長が来た。
事情を説明して、レシートとレジ履歴を照合してもらう。
その間、私は一歩も動かなかった。
“たった500円”かもしれない。
でも、“間違いは間違い”。
そこを曖昧にしたくなかった。
そして結果は――
「申し訳ありません、こちらの入力ミスです」
やっぱり。
私は静かに頷いた。
その場で500円は返金された。
店長も何度も頭を下げていた。
問題は解決。
……なのに。
横を見ると、さっきまでうるさかった旦那は、完全に無言。
視線も合わせない。
さっきまでの勢い、どこ行った?
私は何も言わなかった。
ただ、レシートを折りたたみながら、心の中で一言。
――金額の問題じゃないんだよ。
500円でも、5円でも同じ。
間違ってるなら、確認する。
それだけの話。
そして、もう一つ。
今日一番問題だったのは、レジでも店員でもない。
間違いを指摘してる人間に対して、
「もういいだろ」とか「恥ずかしい」とか言うその態度。
そっちの方が、よっぽど問題だ。
店を出ながら、私は小さく息を吐いた。
「……ほんと、めんどくさいのは500円じゃないわ」
でもまあいい。
ちゃんと確認して、ちゃんと返ってきた。
それで十分。
そして私は、心の中で静かに決めた。
――これからも、ちゃんと言う。
たとえ“たった500円”でも。