仕事が終わったのは、21時過ぎだった。
疲れていた。
正直、もう何も作る気力がなかった。
だから、アプリでごはんを頼んだ。
いつも頼んでる店。
配達込みの料金も払ってる。
あとは待つだけ。
ソファに座って、スマホを見ながらぼーっとする。
「あと10分くらいか……」
そう思ったとき、電話が鳴った。
知らない番号。
「はい」
出ると、ぶっきらぼうな声が返ってきた。
「あー、配達なんですけど」
少し間があって、
「下まで来れます?」
——え?
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「えっと、配達って……玄関までじゃないですか?」
そう聞くと、すぐに返ってきた。
「いや、階段なんで無理です」
あまりにもあっさりした言い方。
「いや……でも、それ込みで注文してるんですけど」
少しだけ強めに言う。
すると、相手はため息をついた。
「じゃあ、来ないならキャンセルしますよ」
その一言で、空気が変わった。
——は?
今、なんて言った?
私は一瞬、言葉が出なかった。
でも、次の言葉で完全にスイッチが入った。
「来ないなら、もう食べられないですよ?」
淡々とした声。
でも、完全に“上から”だった。
私はスマホを握り直した。
疲れてたはずなのに、頭が急に冷えた。
「あ、そうですか」
できるだけ淡々と返す。
「じゃあ、いいです」
そう言って、電話を切った。
数秒、沈黙。
そして、アプリを開く。
キャンセルボタン。
——いや、違う。
私はそのまま、別の画面を開いた。
サポート。
注文履歴。
そして——評価。
通話の内容を、そのまま入力する。
「配達員から“来ないなら食べられない”と言われた」
送信。
そのあと、もう一つ。
店にも連絡。
「配達対応について確認したい」
送信。
数分後、電話が鳴った。
今度は、違う番号。
「先ほどの件で……本当に申し訳ありません」
店側だった。
声のトーンが、明らかに違う。
「すぐに別の配達員を手配します」
「もちろん、料金はいただきません」
私は少しだけ間を置いて、
「大丈夫です」
と答えた。
「もう別で頼みました」
その一言で、相手は一瞬黙った。
「……申し訳ありません」
「いえ」
私はそれ以上何も言わなかった。
電話を切る。
数分後、また通知が来る。
アプリから。
「一部返金対応を行いました」
さらに、その下に小さく表示されていた。
「該当配達員への対応を行います」
私はスマホをテーブルに置いた。
さっきまでのイライラは、もうなかった。
代わりに、少しだけ冷静な気持ちが残っていた。
しばらくして、別で頼んだごはんが届いた。
普通に、玄関まで。
何も言わずに、手渡される。
「ありがとうございました」
それだけで、十分だった。
ドアを閉めて、袋を開ける。
湯気が上がる。
「あー……」
やっと、ちゃんとした夜ごはん。
箸を取りながら、ふと思った。
——さっきの人、今どうしてるんだろう。
でも、すぐにどうでもよくなった。
私は一口食べて、小さく呟いた。
「ちゃんと仕事してる人から頼みたいよね」
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